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激情をありがとう。
「千鶴を放せ!」


「…腕ずくで奪ってみるか」


千景様は雪村千鶴をおろして私に預け、抜刀した。


「面白い。新選組の屯所に踏みいって、これ以上好き勝手させるわけにはいかねえんだよ!」


土方はそう言うと同時に千景様に向かって駈け出した。



「…あんたなんか、居なきゃよかったのに」

私は意識のない雪村千鶴の隣に腰掛けて呟いた。この子がいなかったら、私はこんな思いしなくて済んだのに。高貴な身分の純血の女鬼。彼女が憎くて仕方なかった。私に無い物を持ってる彼女を、殺してやりたいと思った。…どうして千景様は私じゃ駄目なんだろう。



「ん…」


「あ、目が覚めた?」


「貴女は…っ」


「私は桜井凛。鬼の一族、桜井の末裔だよ」


「貴女も、鬼?…っ!!」


「え、ちょ、」


雪村千鶴は私の背後を見て急に立ち上がった。



「あちゃー…」


彼女は小太刀を抜いて千景様と土方の間に入った。……人間を庇うなんて、馬鹿もいいとこだよ。



「貴女の相手はこの私でしょうっ!」


「なっ」


急所蹴っただけじゃさすがにくたばらなかった白髪のやたら腕の良い紛い物が襲ってきた。後ろを振り返ることなく抜刀し応戦したが、座ったままの私に防ぐことが出来ず、刀を弾かれた。
はっとして後ろを振り返ると、一番最初に見えたのは紅い瞳。千景様のような紅い瞳に、私は目を奪われてしまった。




「阿呆、よそ見するな」


「っ千景、様…」


私に振り降ろされる刀を千景様が防いでくれた。そして、私を担ぎあげた。


「興が削がれた。行くぞ」


「あの、ちょ、降ろしてください…っ」


そして、雪村千鶴に一度視線を向けると、千景様は踵を返してその場を後にした。













「千景様、あの…っ」


「何を慌てている」


すっごく泣きたかった。屋敷に着くまで抱えられたままの私は、恥ずかしくて顔を紅くさせていた。私の部屋に着いて漸くおろして貰えたかと思うと、千景様はそのまま柱に背を預けてしまった。何を言っていいのか分からなくて、まず一番最初に頭を下げた。



「も、申し訳ありませんでしたっ!千景様の手を煩わせてしまって…」


「あれしきのことで謝る必要はない。それより、本当に傷は塞がったのか」


「え?あ、はい…」


私は無意識に手を後ろに隠してしまった。今宵は満月。満月の日には、桜井の血を引く者の鬼の力は衰える。それでも私は純血の為大した支障はない。…だけど、傷の治りはいつもより遅かった。


「嘘を言うな」


「っ千景様っ?!」


千景様は私の目の前に座り込んで私の手を掴んだ。咄嗟に振り払おうとしたが、男と女の差のせいで叶わず。千景様はまだ傷の塞がらない私の掌を見て眉間に皺を寄せた。


「馬鹿者が。容易く傷を付けられるな」


「す、すみま…っ」


最後まで言えなかったのは、千景様が私の掌を舐めたからだ。くすぐったくて身をよじらせるが、千景様がもう片手で私を押さえつけるから動けない。


「っちか、げ、さまぁ…っ」


「…悪くない。さすが純血の女鬼の血だな」


唇に付いた私の血を舌舐めずりをして妖笑を浮かべる千景様に、私の心臓は飛び上がった。




「だったら…っ!」


悪くないのなら、どうして私じゃ駄目なんですか。そう言おうとして留まった。私は千景様に拾われた身。妻になどとおこがましいこと言える立場じゃないのに。……諦めなきゃ、駄目なんだ。



「だったら、何だと言うのだ」


「っ…何でも、ないです…」


「ほう。この俺に嘘を二度言うなど、大した女だ」


「っぃ、」


「本当の事を言え」


千景様は私の掌の傷口に歯を立てた。ピリッと再び痛みを感じて身震いした。傷を舐めたり歯を立てたりしながら私の様子をうかがう千景様は、どこか艶やかで恥ずかしくて仕方なかった。




「なんで…どうして、千景様は、私の嘘には気付くのに、真の言葉には気付いてくれないのですか」


「なに?」


目の前の千景様が、好きで好きで、どうしようもないくらい大好きで。好きって言葉じゃ足りないくらい想っていて。なのに、どうして千景様は気付いてくれないのですか?




「千景様、どうして私を拾ったのですか。どうして私を傍に置くのですか」


「っお前、」


「どうしていつも名を呼んではくれないのですか。どうしてあの子を迎えに行くんですか。どうして、私を選んではくれないんですか…っ!」


全てを吐きだして、楽になりたかった。思いっきりぶちまけて、砕けたかった。どうして、と何度も問う私に、千景様は珍しく驚きを顔に表した。




「私だって、純血の女鬼です!雪村ほど高貴ではありませんが、鬼なのです!鬼であることを誇りに思っています!それなのに、どうして、私を見てくれないのですかっ」



そう怒鳴るように言う私は、滑稽だろう。ボロボロ涙が零れるのも気にせず、溜まりに溜まった想いを全て打ち明けた。ここで、千景様が拒絶を示してくれれば、諦めがつくのだ。



「全く、お前には…いや凛には阿呆を通り越して感動を覚えるな」


「…はい?」


千景様は私の掌の血を全て舐め取ると、私を抱き寄せた。


「千景様?!」


「俺があの場にいたのは偶然ではない」


「え…?」


「あの日、俺はお前の家を訪ねに出向いていたのだ」


「何故…」



千景様が言っているのは、きっと私を拾った日の事だ。






「凛を妻として迎えるためだ」


「……………はい?」


「桜井家とは昔から何かと縁があってな。十になる前から凛との婚姻は決まっていたのだ」


「…え、えっと…」


「一族を失った女に、有無を言わさず妻として迎えるなどと言えるわけなかろうに」


「けど…桜井より雪村のほうが、」


「確かに、雪村は東一だ。だが、鬼の誇りも持たぬ人間に馴れ染めた女鬼など興味はない。出向いていたのは、奴等をからかっていただけだ」


「では…」


「俺はお前を妻として迎えるために傍に置いていたのだ。気まぐれで女を傍に置くなど、趣味の悪いことだ」


千景様は私を放して、息がかかるくらい顔を近付けた。






「俺はお前を好いている」



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