[携帯モード] [URL送信]
優しくて愛しくて。
池田屋事件から暫くして、私達はまた薩摩に呼ばれた。蛤御門という所の襲撃だそうだ。あまり手出しはしなくてもいいけど、念のためいて欲しいだなんて、私達鬼を何だと思ってるんだって感じ。
最初は屋根の上から人の争いを傍観していた私達。だけど、不知火がだんだん疼きだして発砲しやがって、私達の存在に気付かれてしまった。そのころにはすでに長州は劣勢だったため、会津や薩摩の奴らに追い返されていった。面白そうだから付いていこう、と不知火は公家御門へ、千景様は天王山へ向かった奴等を追い、雨霧さんはそのまま蛤御門に残ることになった。…私は当然、天王山に。だって、千景様から離れたくないもん!





「暑いなあ…」


「ほう、今すぐ川へ付き落してほしいのか」


「謹んで遠慮いたします。この着物ちょっとお気に入りなんで!」


「…つまらん」


「そんな心底残念そうにしないでください。私が悪いみたいじゃないで…あ、」


千景様と一緒に天王山の麓付近の橋の上で、逃げ延びて切腹しようとする奴等を追うであろう新選組を待ち構えていた。鬼の力を持ってすれば、人間が息を荒くして辿りつく場所に欠伸をしながらでも辿りつける。結構便利だが、こうも暇だと…うん。
と思って、千景様と他愛のない話(主に私がいじられる話)をしていたら、新選組が見えてきた。あ、あの時の女の子がいる。と思って一歩踏み出すと、千景様も橋の中央に立って彼らが通るのを封じた。



「あちゃー…馬鹿だねえ、普通無暗に突っ込んでくる?」


千景様が口許に笑みを浮かべて挑発すると、先頭に立っていた長髪の男の後ろから出てきた隊士がその挑発に乗り、千景様に斬られた。口角を上げるだけの笑みだったのに、今は子供が新しい玩具を貰ったような楽しそうな笑みを浮かべていた。




「あの夜に池田屋に乗りこんできたかと思えば、今日もまた手柄探しとは…田舎侍にはまだ餌が足りんとみえるな」


「いやいや、そいつらは侍ですらないですよ。ただの浪士の集まりです」



私が千景様の言葉を訂正すると、新選組の奴等は闘志をむき出しにした。私、千景様のおかげで挑発が上手くなったかも、なんてね。



「お前が池田屋にいた凄腕とやらか?」


「ん?」


「しかし、随分と安い挑発をするようだな」


「ははっ…その台詞、後ろで挑発に乗った奴等馬鹿にしてるんじゃない?」



面白すぎて思わず笑うと、ギロリと長髪の男に睨まれた。千景様は、相変わらず呆れた笑みを私にみせる。ごめんなさい、空気読まなくて!





「腕だけは確かな浪人集団だと聞いていたが、この有様を見るに作り話のようだな」


千景様は、自分で斬った男を見て鼻で笑って言った。ほんと、馬鹿みたい。弱い人間のくせして千景様に刃向かうなんて。



「沖田と言ったか。あれも剣客というには非力な男だったな」


いやいや、千景様にとっては、人間なんてみんな非力でしょ。


「総司の悪口なら好きなだけ言え。でもな、その前にこいつを斬った理由を言え。その理由が納得いかねえもんだったら、今すぐ俺がお前をぶった斬る!」


「貴様らが、武士の誇りも知らず手柄を取ることしか頭にない幕府の狗だからだ」



即答且辛辣な千景様の台詞に感心。ってか、千景様が人を斬るのに理由があったんだ…。(ちょっと失礼)私的には、向かってきたから斬る、みたいな単純な理由だと思ってた。


「敗北を知り、戦場を去った連中を何のために追い立てようと言うのだ。腹を斬る時と場所を求め、天王山を目指した長州侍の誇りを、何故に理解せんのだ」


…千景様らしい意見だ。千景様は誇りという言葉をかざす人間を、ほんの少しだけ認めている。自分が鬼であることを誇りに思っているように、彼等長州侍にも武士の誇りを持っている。だから千景様は、追いたてる新選組の足止めをするためにここに来たんだ。



「じゃあ、誰かの誇りのために他の命を奪ってもいいんですか」


「ん?」


「誰かに形だけ守ってもらうなんて、それこそ誇りがズタズタになると思います」


……まっすぐな視線に、千景様も何か感じたみたいだ。あの子からは、人間とは違う何かを感じた。人間に馴染んでるようだけど、鬼のような気配がする。…え、鬼?



「…ならば新選組が手柄を立てるためならば、他人の誇りを侵してもよいというのか」


「それは…」


「偉そうに話し出すから何かと思えば…戦をなめんじゃねえぞ」


今までじっとしていた長髪の男が腕を組んで話し出した。…口の悪い新選組隊士め、千景様になんてことっ!


「身勝手な理由で喧嘩を吹っ掛けておいて、討ち死にする覚悟も無く尻尾をまいた連中が、武士らしく綺麗に死ねるわけねえだろうが。罪人は斬首刑で十分だ。自ら腹を斬る名誉なんざ、御所に弓引いた逆賊には不要なもんだろう」


「自ら戦を仕掛けるからには、殺される覚悟も済ませておけと言いたいのか」


「死ぬ覚悟も無しに戦を始めたんなら、それこそ武士の風上にもおけねえな。奴等に武士の誇りがあるなら、俺らも手を抜かねえのが最期の餞(はなむけ)だろう」



長髪の男が指示を出し、他の隊士を天王山へ向かわせた。…私はあいつらを追うべきなのかなあ。けど、もうそろそろ切腹してるころだし、奴等の無駄足を止めるのもつまらないし…




「てゆーか、ほんと馬鹿じゃないの?千景様片手で相手してるのに、両手で刀持ってるあいつが勝つわけないじゃん。しかも、千景様相手に真剣勝負なんて、100年早いっての。まあ、100年経ったらあんたら生きてないだろうけどさ………なんか、独り言って寂しい」


千景様と土方さんと呼ばれた長髪の男が刀を交えると、私は本当に暇になった。だから、ちょっと暇つぶしに池田屋であった女の子の近くに寄った。彼女は警戒心を剥き出しにして私を見た。


「あー…私、女の子に手出す趣味はないから」


腰かけて観戦していると、千景様の刀が弾かれ…否、千景様が刀を手放した。それは一直線に彼女を狙っていた。…ふーん。私はじっと彼女を見た。



「すごーい……けどさ、そろそろ終わりにしてください、千景様」


私が橋に刺さった刀を抜いて千景様に投げて返せば、千景様はそれを鞘に戻して土方に背を向けた。



「……やはり、な」


「凄い命中率ですね、いろんな意味で」


私達の去る姿を茫然と見る2人を無視して、私達は屋敷へ戻って行った。



[*前へ][次へ#]

3/9ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!