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伊勢に着けば、伊賀を抜け、大和に入って葛城山脈を越える。更に河内に出て、羽曳野を越えて和泉に入り、ようやく堺の口に辿り着いた。

思った以上の長旅になったことで、信長は疲れきっていたが、眼前に広がる景観を見て感嘆した。

「へぇ、これが堺の町か……」

信長は馬を止めて、まるで町そのものが城の要塞のような都市を眺めた。
町の回りに堀をめぐらせ、土を積み、その上には巨木を使った柵が組み上げられている。

その姿は圧倒的で、富が集まるのが納得出来た。

「ここは町衆の自治で政治も成り立ってる。本当に町民の町だから、ここでの戦はおろか、喧嘩も出来ねぇ。例え交戦中であっても、この堺で顔を会わせれば知己のごとく談笑するのが普通だ」

そう、陽炎の言う通り、諸国の武将たちも、この堺には兵を入れることすら出来ないということは聞き及んでいる。

「長秀、人選はお前に任せるから、十人ほどに共を絞れ。後はここで待機していろ」

何となくだが、この堺に八十人も兵を入れることは憚られたのだ。

「良い判断だと思うぜ?」

誰も陽炎の姿や声が聞こえていないので、ここで声を出すのは止めておいて、頷くだけに止めた。

信長は大門をくぐり抜け、馬ら降りて徒歩で見て回ることにした。
夕刻になると、この大門は内側から巨大な鍵をかけて、人の出入りが出来ないようになると聞いていた。
改めて町を見ると、同じ日本とは思えない堺の町は、至るところに色とりどりの南蛮の調度品が並んでいる。

古い習慣や物も大切だとは思うけれど、信長はこう言った新しいものが好きだった。
どんな驚きがあるか分からない、胸が高鳴るような感じが好きだ。

家臣たちも堺の町並みに目を白黒させながら見いっている。まるで田舎侍のようだ。
いや、田舎侍だけど。まあ、堺の町民たちにすれば大半の者が田舎侍なのだろうが。

「今日はどこに泊まるんだ?」

「ん?その辺の宿場に泊まろうと思ってるけど?」

隣を歩いていた陽炎が聞いてくるので、小声で答えると、何やら嫌そうな声が聞こえた。
ちらりと見ると、恐ろしく不服そうな顔があった。

「……嫌なのか?」

「だって、それだと壁薄いだろ?」

「……大半の宿なんてそんなもんだろ?」

「…………くそっ」

何をそんなに悔しがってるのか分からなくて、信長は小さく首を傾げた。

「何がそんなに嫌なんだ?」

「だから、壁薄いと声が聞こえるだろ?」

「………声?」

「何で好き好んでお前のかわいい啼き声を聞かせてやらにゃならんのだ!?」

陽炎の言わんとすることが何なのか分かって、信長は顔から火が出そうだった。
どうやら、清洲を発つ前に言っていたことを実行するつもりらしい。

「いでっ!?」

さりげなく陽炎の足を踏みつけて、信長は足を進めた。

もう、夕暮れでよかった。
じゃなきゃ、真っ赤に染めた顔を家臣たちに訝しがられる所だ。

何なの!?
何なんだよ、こいつはっ!?
それしか考えてないのか!?

「何で怒ってんだよ?」

さすが神なのか、それもと陽炎の特性なのか。
痛がっていたのが嘘のようにけろりとして、再び信長の隣に並んだ。
そしてこの発言が信じられなかった。

「助米、変態、色情魔、獣……」

とりあえず、思い付く限りの罵声を浴びせておくことにした。小声で。

「……好いた奴と交わりたいってのは、自然な欲求だろ。怒ることねぇだろうが。それとも、信長はそうじゃねぇのか?」

断じて道の往来で交わす会話ではない!

自分の声が周りに聞こえていないことを良いことに、それを平然とする陽炎に恥ずかしさが募る。
というか、腹立たしささえ感じる。

「俺と交じわりたくないのか?」

そ、それをここで言えと!?
どんな戯れだよ!?

信長は視界に捉えた小さな宿場に逃げるように入り、部屋に通された途端、陽炎の胸ぐらを掴んで壁に押し付け、驚いている陽炎に噛みつくように口づけた。

性急な口づけは、次第に主導権を陽炎に奪われてしまう。

「ん……ぅ、んっ…………」

容赦なく奪われる吐息に、先に根を上げたのは信長の方だった。陽炎の胸板を叩き、苦しいと訴えれば口づけから解放される。

俺から口づけたのに……。
やっぱり主導権を握るのは陽炎で。

陽炎の口づけが巧いのか、好いた相手だからなのか。
信長は、いつも翻弄されてしまうことに、少し複雑な心境だった。

「俺だって、陽炎との交わりが嫌いな訳じゃないけど………何も道の往来でそんなこと言わそうとすんな」

肩で息をしながら、信長は陽炎の肩に顔を埋めた。
それを優しく抱き止めてくれる陽炎が好きだなと思う。

「あー、すまん。……突っ走ったな」

素直に自分の非を認めた陽炎に、信長は柔らかく微笑んだ。

「……その顔、反則だ」

陽炎は掌で顔を隠し、何やら困った様子で呟いた。

よく分からない信長は首を傾げながら、陽炎に抱きつき、しっかりと背中に手を回した。


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あきゅろす。
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