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思い立ったが吉日。
早速、柴田勝家と丹羽長秀を呼んだ。
勝家には城を守ってもらい、長秀には共として着いてくる事を命じた。
当たり前だが、信長の思い付きに二人とも驚いていた。
それはそうだろう。
今川と言う強大な敵は居なくなったとは言え、未だ周りは敵だらけの状態で城を開けると言うのだから。
でも、基本的に命令を伝えるだけで、相談と言うものを一切しない信長の事を分かっている二人は、反対はしたものの、強く出てはこなかった。
勝家にして見れば、城を開ける際の守りを命じられたのは、それほど勝家を信用していると言うことになるし、長秀にして見ても、共を命じられるのは至極、嬉しいことだ。共をするに値すると考えるだろう。
実際問題、信長はそれなりに二人を信用しているので、どういう行動に出るのか、少し試して見ようと思ってしまったのだ。
「御出立はいつ頃に?」
「今から」
「……今から、でございますか?」
明らかに戸惑っている勝家を尻目に、長秀の行動は早かった。自分も共をするとなれば、信長の用意は勿論、己の用意もしなければならないのだ。愚図愚図している暇はないのである。
慌ただしく二人が出ていくと、呆れたようなため息が後方から聞こえてきた。
「相変わらず、滅茶苦茶だな。お前は」
「そうか?」
「自覚なしかよ……。まあ、だからこそ面白いんだけどな」
「……だったら文句言うなよ。どうせ陽炎も着いてくるんだろ?」
「当たり前だろ?ウロウロしてても周りも大して動きがねぇみたいだし。何より……」
言葉を切って、意味深に陽炎が笑うと、嫌な予感がして信長はたじろいだ。
「堺に出向いてから足腰起たなくなるまで抱き潰すっ!!」
「力強く何言ってんだ!!?!」
気合い十分な身構えで、勝手に決心した陽炎に赤面しながら、信長は突っ込む他なかった。
「照れるな照れるな」
「照れてねぇしっ!」
手をヒラヒラとさせながら、全く人の話を聞いていないこの助米な神に対するこの怒りやら気恥ずかしさを、どこにぶつけたら良いのか考えた末、この部屋を出て行くことが懸命だと判断した。
信長が、顔を真っ赤に染めながら廊下を勢いよく歩くものだから、家臣たちにすれば、何かを怒っているようにしか見えないのだろう。慌ただしく道を明け、信長が通り過ぎるのを見送っている。
「家臣たち、怖がってるぞ?」
さすがに廊下で馬鹿な会話をする気はないのか、陽炎が気の毒そうに家臣たちを見やる。
誰のせいだ、誰のっ!
陽炎は隙在らば信長とまぐわおうとする。
信長にしてみれば、別に性的な接触がなくても、ただ一緒に居て、陽炎の温もりに包まれているだけで十分幸せなのだが、陽炎はそうではないらしい。
やっぱり……陽炎の言う通り、俺って淡白なのかな?
勿論、性的な接触が嫌いなわけではない。
気持ちいいのは認めるし、好き……だと思う。
けどっ!
良いように鳴かされるのは、たまらなく恥ずかしい。
理性が働かなくなるのも問題だ。
好きだから、抱かれたいと思う。
うあぁぁぁぁああっ!?!!?
信長は歩きながら、悶絶しそうになった。
勿論、家臣たちの目がある前でそんなことはしないように踏み留まったが。
もう、蹲って顔を隠したい程には盛大に照れた。
結局、自分も陽炎に抱かれることを期待しているのだ。
そんなことには気付きたくはなかったが、気付いてしまったものは仕方ない。
信長はそんな考えをおくびにも出さず、用意された馬に跨がり、軽装で目立たない格好をした家臣、馬乗り二十人と、徒歩五十人ほどで海浜に出た。
一月の冷たい潮風が、体の熱を奪い、芯から冷えていくのを感じた。
「さすがに寒ぃな」
すぐ後ろで陽炎が腕を擦っている。
軍神でも、やっぱり寒いんだ。
なんて、考えながら船頭に相応の報酬を渡す。
軽装とはいえ、荷物は結構あるわけで。
それが積み終わるのを待って船に乗り込めば、堺に向けて出発する。
潮風を受けて動く船は、体感温度を更に下げ、体温を容赦なく奪っていく。
凍えて体が小さく震えてしまうのを、必死に耐えていれば、背後に人の温もりがのし掛かってくる。
「お前、すっげぇ冷えてるぞ?」
背中からすっぽりと陽炎に抱き込まれて、体に当たる風が幾分か和らぎ、頬に頬を擦り寄せられれば、陽炎も冷えているのが分かる。
「陽炎も、冷えてる……」
「こんな真冬に海に出りゃ、冷えるに決まってんだろ」
「……ん、そうだな。でも………こうしてると暖かい」
陽炎に体重を預け、体温を分け合う。
動物の毛皮で作らせたふかふかの上掛けに、二人でくるまれば、その気持ちよさに眠くなってくる。
「伊勢に着く頃には夜が明ける。それまで寝とけよ」
耳元で囁かれる低い小さな声が心地よくて、信長は黙って頷くと、目を閉じて気持ちの良い眠りに就くことにした。
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