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信長は義龍が尾張を攻撃すると情報を得ては、度々美濃を攻め入るも、道三の築いた稲葉山城の鉄壁の防御壁を崩すことが出来なかった。

陽炎によれば、何やら病気を患っているということで、放っておいても死ぬと言っていたが、そんな気配は全く無かった。
それでも、陽炎は確かに義龍は病気だと確信しているようだが、信長は不安を感じていた。

このまま戦が続けば、民は疲れ、清洲の繁栄も廃れていくのではないかと思っていたのだが、突如として、放っていた間者から報告が上がった。

それは義龍が病気を患い、どうやら先が長くないということだった。

「な?言った通りだろ?」

「……うん。ちょっと吃驚した」

取り敢えずは、暫く美濃からの攻撃は無くなったと考えて良いようだ。ということは、次に家督を次ぐのは、道三の孫にあたる龍興ということになる。

間者の報告によれば、龍興は体が小さく、道三や義龍に比べると凡庸であるという、それぐらいしか評判らしい評判がない。

それはどんな人物か分からないということで、多少の不安を信長に与えた。
わずか十四歳というのも、違う方向から考えれば、知識と経験がない分、どんな無茶をしてくるか分からない、怖いもの知らずなところもあるかも知れない。

陽炎は知っているのだろうか?
最近は余りウロウロ出歩いていない気がする。
ということは、余り気にしなくても良いのか?

信長には分からなかった。
けれど、陽炎を頼り過ぎてもいけないということは、重々承知している。

陽炎は信長の守護をしているのであって、別に情報を与えるために傍にいるわけではない。
たまたま、幾度か教えて貰ったというだけだ。
信長自身も患者を放っているのだ。
彼らから情報を得れば良い。

それから暫く、信長は城下の整備を始めようとするも、再び義龍が州の俣から兵を出し、またもや合戦となってしまった。
数時間にわたって槍を打ち合い、斎藤勢の七百余りの者が討ち死にした。

信長は必死で涙を堪えていた。
殺しあっているのは自分であって、他人ではない。
敵も味方も、何人も死ぬとわかっていて戦をしているのだ。戦のない世を望みながら、自分が戦をしていることを滑稽に思いながら、これも先の子のため、民のためだと、無理矢理納得せざるを得ない。

「お館さま、この度の前田又左衛門の働きを認めてやってはくださいませぬか?」

「……働きとは?」

柴田勝家と森可成が、執拗にそう訴えてくるので、信長は眉間に皺を寄せた。
ただでさえ、度重なる戦に疲れ、哀しみに心が支配されかかっているのだ。
そんな時に、利家の働きがなんだというのだ。
彼には、出仕停止を言い渡しているから、働きも何もない筈なのだ。
二人はそれを知っている筈なのに、事有る毎に利家を許せと嘆願しに来る。

「この度の森部での合戦で、又左衛門は二つの首を取って来ました。そろそろ、出仕停止の処分を解いてやってください」

「……出仕停止を言い渡しているということは、利家はまた、命令違反をしたことになるが?」

「それは………重々承知しておりますが、お館さまのためを思えばこそ、勝手とは言え、戦に参加したのではござりませぬか?」

信長にしてみれば、それは彼らの勝手な言い分だ。
誰も戦に参加してくれと頼んだわけではない。
でも、それも仕方の無いことだと思ってもいる。
家臣たちは信長が戦が嫌いだとは、ましてや、血を見るのが嫌いだ等とは思ってもいないのだから。

「………そこまで言うのならば、処分を解いてやる。が、これ以上の命令違反は目を瞑る事は出来んぞ?」

勝家と可成はそれを重く受け止めたのか、喜びを全面に出しはしなかった。
それでも、利家が許されたことにほっと息を吐いていたのを見逃さなかった。

疲れていた信長は、さっさと自室に引き上げ、陽炎に癒しを求めた。

「許したのか?」

「ん、だって……勝家と可成が、あんまりにも必死に頼んでくるから」

陽炎に包まれながら、体温を分け合う。
こうして抱き込まれているだけで、信長はとても癒された。
信長の性格をちゃんと分かっていて、こうして文句のひとつも言わずに、気遣って傍にいてくれるのはとても嬉しかった。それに甘えている自覚も有るけれど。

「疲れてたし、これ以上何度も嘆願させるのも悪いかなって、思って」

「ほんと、お前は優しいな」

気難し野を演じていても、やっぱり端々に家臣たちを気遣う姿勢が見え隠れする。
こういうところは、やはり甘いと、自分でも思う。

何百という人が死んで、その悲しみはとても深くて。
陽炎の温もりで多少は癒されたとは言え、やはり泣いてしまいそうで。

「……なあ、少し……少しだけだけ泣いても良い?」

「……好きなだけ泣けば良い」

信長は陽炎の胸に顔を埋めると、声を殺して泣いた。
こうして泣くのは久しぶりな気がする。
陽炎は信長の悲しみを受け止め、信長が泣き疲れて寝てしまうまで、黙って背中を擦り続けた。


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