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今川義元が信長に討たれたことによって、松平元康にとっては絶好の機会となった。
今川義元が討たれたと知って、半信半疑で引き返していた。もしかしたら、今までの長い人質生活から解放されるかも知れない。

そんなことはおくびにも出さず、今川の兵が岡崎城を捨て、駿府へ帰るところにやって来た元康は、捨てた城ならば拾いましょうと、岡崎城に入った。

実際に口に出したわけではないが、陽炎にはそう言っているように感じたのだ。

「あの男、狸だな。人を騙すのが上手いなぁ……」

けれど何となく、この男は信長の配下にはならないだろうと思った。それは、信長自身が元康に一目置いている節があるからだ。

様子を窺われてるとは知らない元康は、義元の死の混乱に乗じて、独立してしまった。
今まで辛酸を舐めてきたこの男の執念深さと、粘り強さは、確かに敵に回すと厄介であると言える。

当主である今川が死んだ今、周りには武田や北条と言った強敵だらけだ。
松平家は弱小とはいえ、この男が誰とどう組むのかが、信長の命運を握る気がした。

「神のみぞ知るってことか……」

いや、神は自分自身であるのだが、別に先の未来が見えるわけではない。ただ、何となく感じるのだ。
それを感じても、確定ではなく暫定的な感じで、違う方向に進んでしまったことも幾度かある。
摩利支天としての、軍神としての力はあっても、そういったことがまるで感知出来ないのは、陽炎自身歯がゆかった。

「取りあえずは、今川の様子も見ておくか」

陽炎は再び跳躍すると、駿府へ向かった。

「義元の嫡男って確か……氏真だったか?そう言やよく知らねぇな」

幼少の頃を何となく記憶してる程度だ。
聡明さの欠片もなかったような……?

感じるのは問題にするほどのこともないと言うこと。
それも余り当てにはならないため、やっぱり自分で確認して置くに越したことはない。

「お、あれが駿府の城だな」

人間ならば何日かかかる道程も、陽炎にしてみれば大した距離ではない。
城の敷地内に降りた陽炎は、人に見えないこともあり、堂々と城の中を闊歩した。

「……ん?」

陽炎の耳が何かを捉えた。
それは何かを蹴る音。

「蹴鞠の音?」

広間があるであろう方向とは逆の、広い庭の方から問題の音は聞こえてくる。

陽炎は足の向きを変え、音の方へと足を進めた。

「………あれが、氏真……か?」

何人かの小姓が付いているから間違いないだろうとは思うものの、拍子抜けするほどに緊張感がなかった。
京風の衣装を身に纏い、父と同様にお歯黒にして、ただひたすらに毬を蹴り上げている。
実に楽しそうに。

「…………こりゃ、今川も終わったな」

次期当主があれじゃなぁ。
今川の家臣たちも、氏真の姿を見て、諦めの色が強く出ている。が、当の本人はどこ吹く風だ。
自分のやりたいことをやって、やりたいようにしている様は、今川家の終焉を予感させるものがある。

それから数日、陽炎は氏真の行動を見ていた。
万が一にも、義元の仇討ちに出るかもしれないと考えたのだが、それも杞憂に終わった。
松平元康が使者を派遣してきて、父上の弔い合戦をしようと持ち掛けてきた。勿論先陣は元康がきると言ったのだが、氏真は全く動く気配すら見せなかったのだ。
さすがの家臣たちも、これには失望を隠せず、次々に今川を離れていったのである。

当たり前のように離れた今川家臣たちは、元康に引き抜かれ、次々に元康のもとへ走ったのである。
必然的に元康に力がついていくのは言うまでもなく、衰退の一途を辿る今川を見て、武田や北条が動き出すことになる。

武田にしてみれば、上杉と決着の付かない戦いを繰り返すより、簡単そうな今川を潰すことを選ぶのは必然である。

元康が、今川家との決別の意味を込めて、松平家康と名を改めたのもこの頃だった。

「そろそろ信長のとこへ戻るか。寂しくって泣いて……ないか」

自分の呟きに苦笑を漏らしながら、陽炎は清洲の方角に目をやった。

寂しくて泣いてる云々は兎も角、首の検分は終えている筈だから、精神的に参っていることは想像に難くない。

人を寄せ付けることのない信長は、他人の温もりが欲しくても、口に出すことはないし、ましてや自分から欲しがることはしない。
というか、それほどに気を許してしまっている人物が周りに居ないと言うことなのだが。

信長が精神的に追い詰められる前に、それを発散して癒してやらないといけない。

信長の可愛い声や姿を思い浮かべ、ニヤける顔を隠すことなく、陽炎は信長のいる清洲へと足を向けた。


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あきゅろす。
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