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ほんの少しの変化だが、信長は最近、強くなった。
今までだったら、戦のことでうじうじ悩んで、泣きそうになりながらそれを必死に堪えていた。
でも、今は違う。
確かに悩んではいるのだが、以前のように塞ぎこむという感じでは無くなった。

戦に対する恐怖は感じているのだろう。
顔が多少、引き吊ってはいるが、どうしたら勝てるのかを考えているのが、手に取るように分かる。

今までと今回で決定的に違うことが一つだけある。
それは、今回は他国からの侵略ということだ。
今までは同族間での争いだった。
それは信長の神経を磨り減らし、恐怖の対象だった。
肉親すら敵で、油断が出来ない家の中、常に息を抜くことは出来ない。

尾張を統一して一枚岩になったかと言えば、それは違うかもしれないが、今の信長に、目に見えて敵対心を燃やすような家臣は見られなくなった。

今川家の様子を話してやれば、信長は考え込むような素振りをしてから、少し瞳を煌めかせた。

なにか閃いたのかもしれない。

「よし、寝るか!」

「はぁ?」

なんとも気合いの入った就寝宣言に、陽炎は呆けた声を出してしまった。

さっさと褥に横になって目を閉じた信長に、陽炎は笑いが込み上げた。実際に笑うことはしなかったけれど、微笑ましく思ったのだ。

静かに寝息を立て始めた信長の近くに寄り、腰を下ろした陽炎は、額にそっと口づけた。





それからの信長は、本当にいつも通りに過ごしていた。
朝から鷹狩りに出掛けたり、庶民に交じって談笑したりしていた。
今川が攻めてくると分かっていて、普段と同じ行動をしている信長を見て、庶民は呆れながらも多少の安心を覚えてた。“この殿様は、普段と変わらない。だったら何とかなるのかも知れない”と言った感じだ。
その逆で、家臣たちの不安や危機感は煽られていた。
“今度ばかりは、お館さまにも策がないのか”
そんな風に囁かれていた。

「家臣を大切にしてない訳じゃねぇんだけどな、あいつの行動見て、真意が分かる奴はいないか」

今日も信長は、相撲興行と称して、民衆に交じって相撲をとっている。勿論みんな大真面目だ。
それは殿様相手だからとか関係なく、報酬がかかっているからだ。

「良くやるよな」

陽炎は大きな木の上で胡座をかいてそれを眺めた。
相撲をとっている間は、皆が皆、今川の大軍が押し寄せていることを忘れたかのようだった。

飽きもせず夕刻になってようやく相撲の試合も終わり、試合に勝ったものは報酬に喜んで帰っていった。
それを笑顔で見送った信長は、今川が来るであろう方角を暫し眺めて、顔を曇らせた。

………どうやら、不安や恐怖がない訳じゃない、か。

目敏くそれを察した陽炎は、目を細めてそれを眺めた。

なんだかんだで覚悟を決めても、心優しい信長は、戦になることを心苦しく思ってる訳だ。

「後、五日……か」

その呟きはとても複雑な色を含んでいた。
覚悟を決めても、多少の不安は仕方ない。

「俺は、側にいてやることしか出来ないから」

加護を与えよう。

あいつは自覚しているのかどうか分からないが、俺の姿見ると、ちょっとだけ安心したように笑う。
それがまた、陽炎の庇護欲をそそる。

「今夜あたりから、毎日でも可愛がってやろうかな」

陽炎は唇をペロリと舐めて、信長の可愛く啼く姿を思い描いた。あれで、俺への気持ちを隠してるつもりなのがまた、可愛いのだ。

清洲へ帰った信長は、湯あみを終えて夕餉を掻き込んでいた。信長は細い体に似合わず、結構な量を食べる。
体を動かしているのだから、その消耗は半端ないのだろう。

信長は陽炎の姿を認めると、少し微笑んだ。
勿論、周りには陽炎が見えていないため、あからさまに分かるような笑みではないが。

そんな些細な信長の表情の変化が分かる程度には、俺様もやられているわけだ。
馬鹿みたいな勢いで夕餉を掻き込む姿さえ、可愛くて仕方ないなんて。
自分も大概だと思う。

初めてのこの感情に、多少の戸惑いを覚えながら、陽炎は信長を笑顔で見つめた。

ようやく満足したらしい信長はお椀を置くと、寝るためにさっさと部屋に引き上げた。

戸惑いや不安を隠しきれていない家臣を横目に見ながら、陽炎も信長の後を着いていく。

「あいつら、不安や危機感が頂点に達してるように見えるぞ?放っておくのか?」

部屋に入るなり、背後から信長を抱き締めて囁くように呟けば、信長は肩を竦めた。

「仕方ないだろ。間者が紛れているのは分かってんだから、無闇に軍義なんて出来ないし」

「つーか、元々軍義する気もないだろうが」

「分かってんなら聞くなよ」

少し拗ねたように口を尖らせているのが、背後からでも分かる。

「お前って、本当に可愛いよなあ」

「可愛いって言うなよ。俺、男なんだけど」

「んなこたぁ分かってるけど、俺様は可愛いと思うんだから。諦めろ」


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