[携帯モード] [URL送信]
17
腰、腰いたいっ!!

信長は、馬が歩く度に響く腰の鈍い痛みに、顔をしかめていた。

勿論、それは昨夜の陽炎との交わりが原因だ。
目が覚めたとき、陽炎はもう姿がなかった。
体は綺麗に清められていて、昨夜の名残は、腰を襲う鈍痛だけだった。

昨夜はあんなにも満たされ、幸せに感じたのも束の間、目が覚めれば現実が待っている。
寂しいとか、虚しいとか、そんなのではなくて、悲しくて心が冷えていく。

いつもそう、陽炎は加護の印を付ければ、翌朝にはいない。極稀に居ることもあるけど、それは信長が慰めを必要としているときだけ。

「お館さま、いかがされました?」

腰の痛みに顔をしかめてるとは思いもよらない可成や秀隆は、信長が酷く不機嫌に見えたのだろう。

「いや、気にするな」

努めて平静を装うも、腰を襲う痛みが消えることはないし、眉根を寄せてしまうのだけれど、まさか、馬の揺れが腰に響くとは、口が裂けても言えない。

本格的に雪解けも始まり、さすがにこんなにのんびりと馬を歩かせていては、いつになっても清洲に帰れない。

いや、いつかは辿り着くだろうけど。

もう少しだけと、信長は周りの景色に目を向けた。
雪に覆われていた筈の田畑は顔を出し、木に積もった雪も、日の光を浴びて、キラキラと輝いている。

その時、目の端に何かを捉えた。
小鳥かと思ったが、別に飛び立つような気配もない。見間違いかと思ったとき、明らかな敵意を感じた。

信長が黙って太刀を引き抜くと、可成と秀隆はぎょっとして目を見開いたが、すぐに殺気を感じたらしく、二人が太刀を抜いた。
と同時に、鉄砲の音が辺りに響いた。
それは明らかに信長を狙ったものだったが、命中することなく逸れた。

「何者だっ!」

可成が信長を庇うようにすれば、二人組の野党が襲ってきた。先程の狙撃も彼らの仕業だったのだろう。背に火縄銃を背負い、太刀を振りかざして来たが、秀隆があっという間に野党の太刀を叩き落とす。

「くそっ!」

野党の一人が舌打ちと同時に、身を翻そうとすれば、秀隆は素早く、足に刃を突き刺した。
耳障りな悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちれば、もう一人が逃げ出そうと走り始める。それを逃すはずもなく、今度は可成が追い討ちをかける。
可成の投げた刃は、野党の肩に見事に的中し、その勢いのまま転がった。
辺りは一瞬で血が飛び散り、独特の鉄の臭いが立ち込める。

陽炎の言っていた嫌な予感とは、これの事だろうか?
確かに、上洛帰りに襲われるなんて考えてなかった。

「どこの家中の者だ!?」

「言えっ!!」

首筋に刃を突きつけられた野党らは、恐怖の色を浮かべて信長を見たが、口を開く素振りも見せない。
勿論、言えと言われて話す馬鹿はいない。
固く口を閉ざしている野党に、信長は静かに言った。

「そのような腕前でこの俺を殺せるとでも思ったか?どこの誰かは知らんが、姑息な手を使わず正々堂々と正面から戦え、そう伝えておけ」

「見逃すおつもりですか、お館さま!」

太刀を収めながら、酷く落ち着いた声で言った信長に、可成や秀隆は驚いて叫んだ。しかしそれも、信長の静かな視線に見据えられ、黙り込んでしまう。

「帰るぞ」

信長は馬の腹を蹴り、雪の残る道を清洲へと向け走らせる。後ろで家臣の慌てる声が聞こえたが、刺客を差し向けられた以上、ここでのんびりとしている訳にはいかなかった。

鈍痛の走る腰に堪え、ひたすら馬を走らせた。


**********


「……やっぱりか」

陽炎は美濃の斎藤義龍の居城、稲葉山城に来ていた。
信長に加護の印をつけた陽炎は、嫌な気配を追って美濃まで辿り着いたのだ。

「これでうつけの信長が死ねば、信賢殿が尾張を手中に納めることになる。さすれば、同盟を結ぶ振りをして尾張をこの手に入れるのも時間の問題だ」

道三存命の時、この義龍は、巨漢のくせに大人しく、城に篭って読書をしており、父である道三にその種を疑われ、排除されようとしていた。
それを知った義龍は、逆に、父に可愛がられていた喜平次と孫四郎を殺め、道三をその手に掛けた。

「ふん……。蝮と呼ばれた道三も、見る目がなかったと言うことか。この男、道三よりも器量が上だな」

それは、義龍に対する家臣の態度で分かる。
伊達に本ばかり読んでいたわけではないようだ。

「と言うことは、信賢は義龍と手を組んだと考えた方がいいな」

陽炎はブツブツ言いながら、義龍とその家臣の会話を聞いていた。
その時、ふと違和感を覚え、首を傾げて義龍の顔をじっと覗き込んだ。

この男、なにか病を患っているな。
皮膚にうっすらと、なにか発疹のようなものが出来ている。

「ふ、あはははははっ!」

これは信長に知らせてやらなければ。
この男、近い内に病に倒れる。

近くで大声で笑っていても、陽炎の声も姿も見えない彼らは、誰も気づかない。
陽炎は大きく跳躍し、壁や天井をすり抜け、屋根の上に立つと、数日もすれば信長が帰るであろう清洲へと足を向けた。


[*前へ][次へ#]

20/21ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!