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己の子孫や民の為に、この乱丗を終わらせる。
陽炎の言った言葉に、多少の覚悟が決まった。

このまま手を小招いていては、自分の命どころか、尾張の国さえ危ういのだと気づいた。

夏の日差しが暑くなった七月、信長は二千の軍勢を引き連れて出陣した。織田信賢は三千の軍勢で岩倉城から打って出てきた。

“鬼となれ”
陽炎の言葉が頭を過る。
血は苦手だし、戦も嫌い。でも、本当に戦のない世の中を作れるのなら、多少の犠牲は仕方ないと割り切らなければならない。

泣くのは後でも出来るから。

浮野では激戦となったけれど、信長は弓・鉄砲を駆使した戦術で、劣勢だったのをひっくり返すことに成功し、
多数の犠牲は出たものの、勝利をおさめた。
それは、大勝と言っても良かった。

岩倉城は残っているが、事実上、岩倉織田家は力をなくし、信長は尾張を統一したのと同じ状態になった。

雪の残る二月、信長は、将軍義輝に謁見するため上洛することにした。

「なあ、ほんとにこの糞寒い中行くのか?」

「だって、今ぐらいの季節じゃないと。雪が溶け始めたら上洛どころじゃないだろ?」

馬に股がり、今にも飛び出さんばかりの勢いで、信長は目を輝かせていた。いい機会だから、京を見物してくるのもいいと思っている。
遊ぶこと、自分が楽しむためならば労力は惜しまない。

「嫌なら来なくていいぞ?将軍に謁見したらそのまま蜻蛉帰りだしな。というか、陽炎。神なのに寒さ、感じるのか?」

ごく当たり前な疑問を口に出すと、陽炎は露骨に顔をしかめた。

「あったり前だろが。お前は神を何だと思ってる訳?」

「え………さぁ?」

ただ単に、人間と同じような感覚があるのかを疑問に思っただけなので、何だと聞かれれば答えようがなかった。
信長の答えに陽炎は、口の端をピクピクと震わせた。

「お前、俺のこと、守護神だと思ってないだろ」

なぜか陽炎は疑問形でなく、断定した。

「思ってるよ?傍にいれば安心するし、暖かいし」

「俺はお前の湯たんぽか!?」

信長は、ブツブツ言う陽炎を見ながら、首を傾げた。
本当に寒いのだろうか?
だって、陽炎の格好は見るからに寒そうで。
着崩した襦袢は陽炎の逞しい胸板をあまり隠せていないし、足下は草鞋という、夏の姿なのだ。
寒いなら、なんか着込めば良いのに……。

「お館さま、馬の準備が整いましてございます」

「出立するぞ」

信長は頷くと、馬の腹を蹴り、京へ向けて走り始めた。
連れていくのは、河尻秀隆と森可成の二名のみだ。
二人とも信頼のおける人物で、食糧や金子、献上する品物等を、持ってくれている。

「ちょっ!?信長!俺も行くって……!」

置いていかれた陽炎は、慌てて信長の後ろに飛び乗った。馬はあまり重みを感じていないのか、走る速さは変わっていない。
それでも、陽炎の暖かい体温が背中から伝わってくる。

「出来るだけ急ぐぞ!」

後ろを追ってくる秀隆と可成に叫ぶように指示を出す。
そう、雪が溶けきる前に清洲へ戻らねばならない為、物見遊山を兼ねていても、あまりゆっくりはしていられない。

徒歩で大体十二日程度の行程を、馬を走らせていることもあり、半分ほどの日程で京に到着した。
道中まざまざと見せられたのは、将軍家や公家、果ては皇室の荒み具合だった。

足利家が力を失ってきてるのは知っていたけれど、これ程に荒んできているとは思ってもいなかった。

だからこそ、戦乱の世になったとも言えるのだが。

将軍に謁見するため、きちんと正装し、現将軍、義輝のいる部屋に通され、尾張を統一した挨拶を述べた。
義輝は武技に秀でた将軍で、武力で尾張を統一した信長を褒め称えた。

信長は、それを複雑な気持ちで聞いていた。
別に誉められるようなことじゃない。
ただ、自分が生きるために、戦をなくしたいと思っただけだ。

信長は“尾張守護職”を拝命され、謁見を終えた。

「……強い人だな」

重苦しい正装を脱ぎ捨て、視線を下げたまま呟いた信長を、陽炎は黙って見つめた。

「あれが、噂に聞く剣豪将軍か」

この乱世の世にあって、自らの力で将軍家の権威を取り戻そうと奔走していると聞いた。
あの人がもう少し早く生まれていれば、この乱世は、また違っただろうか。

「いくら個人の力が強くても、軍勢や領地を持っていないなら、結局は飾りだ」

はっとして振り返ると、陽炎は驚くほどに冷たい目をしていた。それは、いつも信長が見ている陽炎とは違う、傲慢さがにじみ出ていた。

「秀隆、可成。馬にのせてる金子や品、食糧を差し出して来い」

「は?しかしこれは、尾張へ戻るための…」

「多少の路銀は残して、後はすべてくれてやれ」

さすがにこれには驚いたのか、二人は目を見張っていたが、可成が話すのを遮って、信長は命令した。
それは、命令に背くな、と暗に仄めかしていた。
二人は頷くと、信長の傍を離れた。

「信長は優しいな」

そんなやり取りを隣で聞いていた陽炎は、眩しいものを見るように目を細めた。


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