番外編-2- 「……なあ、あれはないんじゃねぇ?」 「ん?何が?」 陽炎と信長は、連れだって廊下を歩いていた。 信長は唐突に言った陽炎の言葉が理解できずに、こてんと首を傾げた。 いや、その仕草、可愛いけどよ。 「何がって……、名前だよ、名前」 「ああ、奇妙丸か?」 この日、信長に嫡男、奇妙丸が生まれた。 その知らせを受けて、信長に着いて顔を見に行った。 当たり前だが、基本的に俺の姿は信長にしか見せないので、他の人間には見えていない。 信長と同じように、勘の鋭い人間には気配を感じるようだが。 部屋に入って、赤子の顔を見た途端、『奇妙な顔だな。……名前は奇妙丸にする』そう言い放ったのだ。 最初、陽炎は冗談だと思って爆笑したのだが、その後の濃姫と吉乃、信長の三人の会話を聞いた限り、冗談ではなかったことがわかった。 「いくら幼名だからって、適当すぎるだろ?」 「だって、あの顔見たらそれ以外思い付かなかった」 適当と言われたことが気にくわないのだろう。むっと口を尖らせ、拗ねたように顔をしかめた。 「どうせ、元服したら改名するんだし。いいだろ?」 陽炎は顔がニヤつくのを押さえられなかった。 口もとは手で押さえて隠したが、声は漏れてしまった。 「何で笑うんだよ?」 「いや、面白いなぁと思ってさ」 「?」 何のことが分からないと言ったように、また首を傾げた。 そんな発想ありなのか? ある意味子供が可哀想ではあるが。 まあ、信長は信長なりに愛情を持っているように見えたから、この際名前は諦めよう。 信長には正室の濃姫の他に、側室の吉乃がいる。 今回、嫡男を生んだのは側室の吉乃だ。 信長は、好きでもない相手は抱けないと言ったが、子供は必要だと陽炎が言い張れば、唇を噛みながらも俺の言葉に従った。 信長にとって、残酷な言葉だったと思う。 今の時代、女子供は道具でしかない。 それを終わらせるためには、結局は女を利用しなければならない。信長はそれも分かっているからこそ、俺に従ったのだと思う。 信長に安らぎを与えるのも、苦しめるのも、俺だけでいい。俺だけの特権だ。 これは、俺が望んだこと。 [*前へ][次へ#] [戻る] |