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「短慮だな。密告してきた人間がいると言うことが、分からない訳じゃないだろう?」

「くっ!」

言われるまでその可能性に気づかなかったらしい。
勘十郎は苦虫を噛み潰したように呻いた。
が、すぐに開き直ったように、信長を睨み付けた。

「実の弟を騙してその手にかける。なんという冷徹な兄だと、天下にその悪名が広まりますよ!?」

「その兄を葬ろうと謀ったのは誰だ?」

「私は兄上が嫌いです!いつまで経ってもうつけ者の兄上に任せていては、織田家が滅びます!!」

じっと、勘十郎の目を見つめて、その瞳の中に憎しみの色がありありと浮かんでいるのを悲しく思った。
それでも信長は表情を崩さなかった。
ただ、虚しかった。

なぜ、これほどまでに人から疎まれるのだろう。
胸が痛い………。

「お館さまっ!」

不意に秀隆の声が耳に届いた。
信長の一瞬の隙をついて、勘十郎が太刀を弾き、勢いそのままに横薙ぎに斬りかかってくる。
信長は、反動で後ろによろめきそうになるのを堪え、咄嗟に勘十郎の腹を蹴り飛ばした。

「うぐっ」

呻きながら倒れ込んだ勘十郎の刃は、信長に触れる前にその向きを変えた。

「自刃しろ」

「いやだっ!」

勘十郎の目の前に切っ先を向け、せめてこの手にかけなくても良いようにと促してみても、勘十郎は聞き入れなかった。
それどころか、

「兄上など、死んでしまえばいいっ!」

そう叫びながら目の前の刃を太刀で弾いた勘十郎は、我武者羅に突進してくる。
実践での戦い方を知らない、形だけの剣術が信長に届くことはなく、がら空きだった胸に信長の刃が貫いた。

手に伝わる、肉を裂く感触と血の匂い。
勘十郎の生暖かい血が、寝間着に染み込んでいく。
込み上げる吐き気に、信長は顔をしかめる。

「お、の……れ………」

勘十郎の口から、ごぼりと血が吐き出される。
信長を凝視する目から、次第に光が失われていく。

「いやあぁぁああぁぁっ!」

女の叫び声に信長はハッとした。
声のした方を見れば、騒ぎを聞き付けてやって来たのだろう。母である土田御前が居た。

信長が太刀を引き抜くと、支えを失った勘十郎の体は、どさりと床に崩れ落ちた。

「ああ、勘十郎っ!!」

叫んだ母は血で汚れるのも構わず駆け寄ってくると、こと切れた弟の体を抱き上げた。

「勘十郎っ!ああ、なんという可哀想な……」

土田御前は涙で濡れた顔をあげ、異形を見るかのように信長を睨んだ。

「なんと恐ろしい!自らの弟を殺める必要が、どこにあったのです!?……鬼っ!そなたは鬼じゃ!!」

半狂乱になって信長を罵る母の目は、信長を打ちのめした。
畏怖と憎しみ、そして激しい厭悪。

鬼はどちらですか、母上。
俺だって、あなたの子です。
その、我が子を殺そうとした所業こそ、鬼ではないですか。

信長は、母のそんな目から逃げるように、目を伏せた。
覚悟はしていた。
していたけれど、こんなにも後味が悪くて虚しいなんて。

信長は血の海になった床に太刀を放り投げた。

「……汚れた」

呟いた一言は、母や家臣たちにどう聞こえただろう。
弟を手にかけたことなど、歯牙にもかけないような冷たい男に映っただろうか。

実際は傷つき、震えていた。
でも、口を開けばそのまま泣いてしまいそうで。
握った拳に力を込め、痛みでそれを誤魔化していた。

「湯あみっ!」

それだけを叫ぶように言い放ち、信長は床を蹴るように歩き出した。母の罵りの声を背中に受けながら、真っ直ぐに湯殿に向かった。

湯殿につくと、血まみれの寝間着を脱ぎ捨て、頭から勢いよく湯を被る。湯に溶けて流れる血は、まるで信長の心が流しているようにも見えた。
溢れる涙を湯で誤魔化しながら、手拭いで血のついた箇所を強く擦った。
何度も何度も擦り続けて、肌が赤くなり、ヒリついてきたことでようやく擦るのをやめた。

何も考えられず、しばらく呆然とした。
痛い……痛い、痛い。

小姓が用意してくれた、新しい寝間着に袖を通すと、無言で部屋に向かう。

「ご苦労さん、信長。ほらこっち来い」

部屋の襖を開ければ、当然のように居座る陽炎は、腕を広げて待っていた。
信長は俯いたまま陽炎に近づくと、そのまま逞しい胸に顔を埋めた。優しく、でもしっかりと肩に腕を回され、包むように抱き込まれる。

「震えてるな」

「……うん」

湯を浴びたはずなのに寒かった体が、陽炎の熱を吸収していく。その温もりに、止まっていた涙が頬を伝う。

「ちゃんと、最後まで見てたぞ」

「……知って、る」

姿は見えなくても、陽炎の気配を感じていた。
ずっと、傍にいてくれていたのだ。

慰めるように背中や頭を撫でられ、嗚咽が漏れる。

「っふ、うっ、く………っ」

信長はひたすら声を殺して泣き続けた。


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あきゅろす。
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