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飾り棚の角に頭をぶつけて瀕死って……。

信長はどう反応して良いのか分からなかった。
完全な阿呆じゃないか。

「………ず、随分と間抜けな話になってないか?」

もはやそれしか言葉が出てこない。

………まあ、瀕死ってことになってるなら、元々の目的は達成されたと思って良いと云うことで。

「ハハハッ。間抜けだけど、そんなもんじゃないか?なんたってうつけ殿だしな!」

理由になってない理由を言った陽炎は、実に楽しそうに笑っている。
いや、人伝につたう噂なんて、二転三転して当たり前なのだが、落馬の話がえらく間抜けな話になったものだ。

少し考えて可笑しくなった信長は、ふわりと笑顔を見せた。

その笑顔は優しくて綺麗で、信長の内面を如実に映し出している。けれど、その笑顔はすぐに引っ込んだ。

「末森は慌ただしくなってるかな?」

「そりゃそうだろ。瀕死の間抜けなうつけ殿を討つ良い機会だもんな。活気づいてるんじゃねぇか?」

「と言うことは、あと数日で決着がつくな」

そういった信長の瞳には、悲しみの色がありありと浮かんでいた。そう、あと数日で、実の弟をこの手で殺めることになるのだ。

信長は項垂れるように視線を下に落とした。
それを見た陽炎は、信長の頭に手を伸ばして、ぽんぽんと頭を叩いた。

「泣きたきゃ後で思いっきり泣けばいい」

大きな手のひらに頭を撫でられ、酷く安心してしまう。
その温もりに、すでに泣いてしまいそうだったが、自分を鼓舞するために両頬をばちん、と叩いた。

そんな信長の行動を見て、陽炎は微笑んでいた。



*******************



「お館さま、お二方、着きましてございます」

閉じられた襖の向こうから、池田恒興の声が聞こえた。

「手筈通りにしろ」

慌てて去っていく家臣の足音を聞きながら、信長は目を伏せた。
池田恒興は乳兄弟で、実の弟の勘十郎よりも、弟のように感じている男だ。もう一人、河尻秀隆と言う男がいる。
彼は武技もさることながら、冷静で口が固く、秘密が漏れることもなければ、忠誠心もある。
案内を頼んでいるこの二人には、既に勘十郎を罠に嵌めることは伝えてあった。
この部屋に来るまでの間に、母上には別室で待って貰うことにしているし、太刀などの武器も、小姓が預かることになっている。
まあ、勘十郎の家臣たちは難癖つけるだろうが、それは秀隆らが言い含めるだろう。
いくら母に疎まれていようとも、目の前で自分の息子が殺されるのを見たくはないだろう、と言う配慮だ。
結局は発狂するのだろうが、後で伝えた方が良いと判断した。

俺も、母上の息子なんだけどな。

随分と小さな頃から、母上は俺を見てくれなかった。
父や母の言うことを何でも聞く勘十郎は、母のお気に入りだ。

褥の上に胡座をかいて座り、静かにその時を待った。

覚悟は決まっている。
大丈夫、大丈夫だ。
怖くない。

ひとつ深く息を吸い込んで吐き出せば、廊下を進む複数の足音が近づいてくる。

「こちらにございます」

秀隆の声が襖越しに聞こえ、ゆっくりと開かれる。
家臣たちの腰には獲物がないが、さすがに勘十郎の太刀は預かれなかったと見える。
太刀持ちの小姓が一人、後ろに着いている。

「久しいな」

信長は不遜に笑うと、目を見開いて驚いている勘十郎に声をかけた。

「あ、兄上……。病に臥せっていると、聞きましたが……」

当然の反応である。
瀕死だと聞いていたのに、当の本人が悠々と座っているのだから。
信長は業とらしく笑った。

「なあ、勘十郎。何を考えた?」

信長の問いに、みるみる顔色を変えた勘十郎は、当然、怒りにうち震えた。

「謀りましたね、兄上!」

怒りに顔を赤く染めた勘十郎は、小姓が持っていた太刀を奪い取ると、そのまま抜いて斬りかかってくる。
信長はそれを見て悲しく思いながら、傍に置いてあった太刀に手を伸ばし、降り下ろされる刃を受け止めた。
その重さに、腕がじんと痺れる。

部屋に刀のぶつかる音が響く。

勘十郎の連れていた家臣たちが騒ぎ出すが、傍に控えていた恒興や秀隆があっという間に斬り伏せた。

騒然となる室内で、信長は静かに口を開いた。

「先に謀ったのはお前だ、勘十郎」

信長の目をしっかりと見ていれば、そこに刻まれた悲しみに気づくことが出来たかも知れない。けれど、額に青筋を浮かべて怒り狂う勘十郎には、それが目に入らなかった。

「稲生での戦いからまだ、一年足らずだぞ?あの時は母上の口添えもあって赦免した。にもかかわらず、また俺を暗殺しようとしたな」

「なっ……!?なんのことか分かりません!!」

暗殺しようとしていたことが知られていると分かって、勘十郎は狼狽えていた。


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あきゅろす。
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