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09
自分の気持ちを自覚してから数日、信長は何事もなかったかのように振る舞った。
そんな心うちを陽炎が知るわけもなく、常と同じく、ふらりと居なくなっては、数日後に姿を現す等は、当たり前だった。

家臣たちの動きにも目立ったものはなく、比較的平穏に日々が過ぎた。

弟の反旗を聞いて、そろそろひと月が経とうとする頃、信長は城から一歩も出なくなった。
馬から落馬して、頭の打ち所が悪かったと言って、寝込んでいるのだ。
これが瞬く間に噂を呼び、清洲から、勘十郎の居る末森城まで届いた。
勿論これは、勘十郎を罠に嵌める策であるが、家中のなかにそれを疑うものはいない。
当然、誰にも知られずに進める必要がある為、誰一人として信長の真意を知るものは居ない。

「………そろそろ、かな?」

その呟きは誰に聞かれることもなく、飛散した。

信長は胡座をかいたまま後ろに倒れこみ、床に敷かれたままの褥に寝転んで、天井を見上げた。
閉めていない木戸から、秋の冷たい風が頬を撫でていく。

その心地よさに目を閉じれば、風にのって香る草木の臭い。

陽炎………。
お前は俺に何を望む?

思い出すのはあのとき言われた言葉。
“鬼となれ”
自然とため息が漏れるのは仕方がない。
この戦乱の世を平定って、どれだけの血が流れ、どれだけの人が泣くのだろう。
そもそも、たかが人間五十年………。
今、俺は二十四。後、二十五年足らずでそんなことをするなんて、土台無理な話だ。
…………だからこそ“鬼”なのか?

………………鬼ってどうしたらなれる?

「わかんねぇよ、馬鹿野郎」

ため息を付いた信長は、ごろりと向きを変え、何を見るわけでもなく、視線をさ迷わせた。視界に映るのは、見事に赤や黄色に色付き出した木々。
夕暮れの赤に染まった景色も、陽炎を思い起こさせた。

陽炎、また何日も姿を見ていない。
どこかでまた誰かの戦を見ているのだろうか。
別にそれはどうでも良い。
只、姿が見たい。
温もりが欲しいとか、そう言うことでもない。
傍にいて、隣にいてくれるだけでいいのだ。
守護だって、くれると言うから貰うけれど、別に体を繋ぎたい訳じゃない。
体を……………。

この間のことをまざまざと思い出してしまい、かぁああぁぁあっと言う音がしそうなほど顔を赤く染め、褥に顔を埋めた信長は、敷布を強く握りしめ、身悶えた。

お、思い出すな俺!!
恥ずかしすぎるっ!

みっともなく、泣きながら喘いでしまった記憶が蘇る。

うあぁああぁぁ!
あ、穴があったら入りたいっ!

恥ずかしさに見悶えていた信長は、頭上から噛み殺したような笑い声がするまで、陽炎の気配に気づかなかった。

「ク、クックックッ………。なぁに一人で百面相してんだ?」

「ひえっ!?」

その声に、信長は褥から飛び起きた。
驚きすぎて変な声が出てしまったことはこの際どうでも良い。

「いっ、いつから見て………!?」

「んー、馬鹿野郎辺りか?ため息つきながらしょぽくれて赤面してるって、なかなか面白かったぞ?」

面白くないっ!
何でこういつも、唐突に現れるんだ!?
この軍神は!?

一人百面相を見られてしまったのは仕方ない。
不注意だった自分が悪いのだから。

信長は咳払いをすると、褥の上に座り直した。

「で、どうした?」

「いや、そろそろ本格的に動き出す頃かと思ってな。戻ってきた」

陽炎は時機を見計らったようにいつも戻ってくるが、どうしてそれが分かるのだろうか?
いつも疑問に思う。
が、何はともあれ、信長は頷いた。

「噂の具合からして、俺が重篤な状態であるのは広まっていても可笑しくないだろ?」

「その噂だがな、面白いことになってるぜ?」

思い出したように膝を叩いた陽炎は、ニヤリと口の端を上げた。

聞きたいような聞きたくないような。
陽炎の含み笑いからして、ろくな噂になっていないのだろう。

「お前、落馬して頭を打ってから、奇声を上げながら城中を駆け回ってることになってるぜ?」

「はぁ?」

落馬云々は合ってるとして、どうやったら奇声を上げていると言う噂に発展するのだろうか。

「世間の俺の印象って、どうなってんだろ?」

信長は心底腑に落ちないといった風に、顔をしかめた。
そんな信長を見て、陽炎は豪快に笑った。

「アハハハハッ!そりゃお前、尾張の大うつけだろ?」

「俺はうつけであって、狂人じゃないぞ」

「だから、そのうつけ殿が頭打って狂い出したってことだろ?」

むぅ、と口を尖らせた信長の仕草は、世間一般の、いや、城中の人間が思い描いている人物と、随分と欠け離れている。

陽炎に対して、気負う必要がないから、信長はこうして、極稀にではあるのだが、素の自分をさらけ出してしまう。

「でだ。うつけ殿は狂った挙げ句、薬湯に蹴躓いて、飾り棚の角に頭ぶつけて、瀕死らしいぞ」


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あきゅろす。
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