紅と麦の物語



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十二国記小説
記憶〜再会編〜
現パロです、
転生ネタです。
浩瀚×陽子。














あなたと生きたあの時は、過去・現在・そして未来もずっと一つの物語のようだ。

忘れようにも忘れられない。
魂に刻み込まれた記憶が、その真っ赤な髪の毛が、綺麗な瞳が、
今宵もまた男の夢に現れては消えた。

赤い光がふわりと漂う。
それを捕まえたくて必死で追うが、ふわりふわりと漂うそれを捕まえることはできない。

どうして?

いつもその疑問を残しては目が覚める。

そして今日もまた、うっすらと覚醒し始める浩瀚をあざ笑うかのようにその光が消えていった。

ああまた捕まえられなかった。
主上、貴女にもう一度会いたい。





社会人になり、一人暮らしを始めてから久しい。

部下を持つようになり、仕事も順風満帆だったが、心の奥底で物足りなさを感じていた。

どいうわけか「前世」とやらの記憶を持つ浩瀚が、その物足りなさの正体に気づかないはずがない。

主上。
浩瀚にとって何よりも愛しい人がいないのだ。

そばにいないのならば、何故記憶など持って生まれたのか。

時代はあなたもよく知る今この時。
日本という国に生まれた浩瀚がこの奇妙な体質に気付いたのは物心ついてからしばらくしてだった。

もともと利発な少年だったため、それが「異常なこと」だと気が付くのも早かった。

小さいころからかの人を探し始めたのだったが、
その姿を見かけることはおろか、「前世」でともに過ごした仲間ですら一人も出会うことなく今に至る。

「お疲れ様でした。」

部下がそう行って帰っていくのを今日もまた眺める。

仕事は好きだ。
何かを考え、努力し、それが実となるのは純粋に楽しい。

たとえ記憶があるとしても、今の生を仕事に捧げるのも悪くはないのかもしれない。
そのうち良い女性と会い、結婚し、家族を作るのも良いのではないだろうか。

この頃ではそう考えるのも多くなってきた。
あきらめたのではない。
あり得ないことだと悟ったのだ。

しかしその人生の歯車が真に動き始めたことに、浩瀚はまだ気が付いていなかった。








雨が降っている。
梅雨時のじめじめとした季節は好きではない。

そして一人になると途端にじめじめと「かつて」を思い返す己は一層嫌いだった。

敢えて傘を持たずに出かけた少女は滴り落ちる雨水を無造作に払った。

ちょうど駅へ向かうところだったが、びしょびしょの姿で電車に乗るのも気が引けて、
いっそのこと濡れながら歩くのも良いかもしれないとさえ思い始めていた。

つらつらと考え歩くことしばし。

結局帰宅は徒歩と決め、近道を選び帰路に就く。

近道とは総じて狭く暗い道であるが、陽子の場合も同じだった。

昼間は明るく、学生達の隠れた通学路でそれなりに人通りもあるが、
夜となれば話は別だった。

人通りはまったくなく、降り続く雨が不気味さに拍車をかけていた。

「まあ私も濡れて落ち武者みたいだしなあ。」

ぼそりとつぶやく声は低く、まるで少年のようだった。

仕方なしにそのまま歩き続ける。

そういえば「かつて」もこうして雨の中を歩いたことがあったかな。
あれは急な通り雨で実に不覚ではあったけれど。


そんなことを考え歩いていると、後ろを誰かがつけてくる音に気が付いた。

気のせいか、もしくは勘違いかもしれないと思い振り返ると、
傘を持ち早足で歩くスーツ姿の男が目に入った。

後ろを歩かれるのは背中がムズムズするため、その男が通り過ぎるのを待った。

男は通り過ぎる際にちらりと少女に目をやったかのように見えた。

その男の顔を少女も睨み付けるように見つめた。






ひどく雨が降っている。
そういえば今日の天気予報は曇り時々雨だったか。

こういう時のために用意してある折り畳み傘を広げて帰路に立つ。
生暖かい風が頬を撫でる。
それを無機質な機械の様に無表情に感じ取る。

雨といえばかの人はとかく雨に無造作な方であった。

たいてい近道をしてやり過ごそうとされる。
どこかで雨宿りをしようなどと考えもされなかった。

ああ、そうだ。
こういう細い道を歩いておられた。

細く暗い道をちらりと見て微笑する。
端から見ればさぞ不気味な光景だろう。

しかし傘に顔が隠れているためそれに気づく者はいなかった。

懐かしいな。
そう一人呟く。

しばらくぼうっとその細い道を見つめる。
通行人が邪魔そうに浩瀚を避けていく。
傘に誰かが当たり、ようやくそちらを選ぼうと決心した。


どこか不気味な「近道」に、華奢な人影が見えたのはそれからすぐだった。

長い髪の毛を後ろに束ね、ずぶ濡れの状態でこちらを窺っている。
まるで小さな獣のように、威嚇するように、
その眼は浩瀚をにらんでいた。

後ろを歩かれるのは不愉快だ。

その瞳はそう告げていた。

はいはい、先に行きますよ。

ため息を一つ落とし、ちらりとその少女に目をやった。


時が止まった瞬間だった。









雨音が異様に大きく聞こえる、

呆けたように立ち尽くす少女と、目を見開き驚く男。

「風邪を、ひいてしまいますよ?」

男がそう言い傘とハンカチを差し出す。

それを呆然と見つめ、身動きしない少女にしびれを切らしたのか、
「失礼を」とご丁寧に断りを入れそのびしょ濡れになった髪の毛をやさしく拭う。

「かつて」もこうして拭ってもらったことがあった。

あの人に。

大好きな彼が、
そっくりな男がここで、
今、自分の髪を、「あの時」と同じように拭いている。

「何で若い娘さんがこのような道を?
危ないからやめた方がいいですよ?」

男が静かに忠告するのを黙って聞いていた少女は、
我慢できないとばかりに勢いよく男を見上げた。

その強い視線を涼しげに受け止める男に胸が痛いほど締め付けられる。

「昔、貴女によく似た人もこうして雨にぬれても構わないと思う気質でして。
拭くのは得意になりました。」

「その人は今は?」

「過去の話です。遠い昔の、遠い国の話です。」

「では、その魂が今ここにあるとしたら、あなたはどうするんだ?」

「困りましたね。」

大して困った風ではない。
むしろひどく寂しそうな表情の男に陽子は抱き付きたくて仕方がなかった。

「浩瀚」

どうして他人のふりをするの?
悲しいよ。

その思いが体中を支配し、最早雨で濡れているのか涙でぬれているのかすら分からない顔をごしごしとこすった。


「ああ、そのようにしてはいけません。」

そっとその腕をとり、優しく頬を撫でた。
両手で小さな手を握る。

「もうこの手は離しません。私が居るからには、決して。」


男の手に握られていた傘はいつの間にか転がり落ちていて、
狭い道、二人きりの空の下、冷えた体が熱くなるほど抱きしめられた。

「・・・会いた、かった、陽子。」




小さな手が目いっぱい伸びて、スーツをぎゅっと握りしめる。

その感触に男は胸がいっぱいになり、ただこの奇跡に感謝した。

「やっと見つけた。」



浩瀚の頬を伝うものは涙なのか雨なのか。

心に空いた空洞が満たされていく。

そんな奇跡のお話だった。











おまけ

俺はかつて熊将軍と呼ばれていた。
何故か昔の記憶を持っているため、その時のことを小説にしてみたが、
文章がへたくそなために出版社はおろか、小学生にすら笑われる始末だ。

こんな時にあの方がいらっしゃったらなあ。
思い出す顔は白皙で頭脳明晰で温厚で、でも時々とても怖い男の顔。

そんで俺の秘書に彼女がいたらなあ。

思い出すのは美しい肌に少し気が強いが理知的な瞳、
その姿形すべてが綺麗な淡い水色の髪の少女。

ああ、また会えたらいいのに俺ってばなんだった蓬莱で生まれちゃったんだろう。

トホホと泣きべそをかいて歩く男、桓タイは
道路のど真ん中でぼうっと立ち尽くす男がいることに気が付かなかった。

おっとぶつかると思い、急いで体をひねって避ける。
傘が肩に当たったが、男は気にするそぶりもなく立ち尽くしている。
男は細くて暗い道を見ているようだが、傘で顔が隠れているためどのような顔かまではわからなかった。

しかし桓タイはその男のさらに向うの求人広告に目が行っていた。

「急募!!!
運動が得意な方!力仕事に自身のある方!
大募集!!!」

そう書かれているその広告の場所は今いる場所から近い企業だ。

俺、受けてみようかな。

まったく人気の出ない己の武勇伝はもう諦めよう。

そうだ!俺は汗をかいてなんぼの仕事をしてきたじゃないか!
得意なことは生かすべきだ!
そうだそうだ!!

その後彼は無事面接に合格し、かくしてそこでとんでもない再会を果たすこととなる。





FIN


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