紅と麦の物語



[携帯モード] [URL送信]

十二国記小説
不意打ち
見上げたらそこにいつもある星、月、雲。
真っ黒かと思えば実は濃紺で、今までこれほどじっくりと空を眺めたことがあるだろうかと記憶をめぐる。

無機質な建物と毎日。
赤い髪が嫌で、束ねて色を目立たないようにした。
人の顔色を覗っては怯えていた。

それが今はどうだろう。

異国の地、しかも次元も異なる世界でたった一人。

赤い髪はさらに赤くなり、瞳も日本人ではありえない翡翠の色だ。

もしも両親が見てもこれが我が子とは認めないかもしれない。


なんと悲しいことだろうか。

何度忘れようとしても忘れられない。

いや、忘れてはいけない。
あれも確かに己なのだから。


大切なのは前を見ることで、それを教えてくれたのは過去とこの世界の人々だった。

かさりと音がした。

振り返ると涼しげな顔の背の高い男。

信頼する人。
大切な人だ。

手を伸ばすと、温かな手で大切そうに握ってくれる。

一人じゃなかった。

そう思えた。
それが嬉しくて、今度は陽子がもう片方の手でその手を包む。

互いが両の手で手と手を握り、静かな時が流れていった。

「・・・浩瀚、寂しい。」

ほんの少し動揺したような様子の浩瀚だったが、すぐに平静を取り戻した。

「貴女は一人ではありませんよ。
決して離しません。
貴女に必要とされたい。そして私も貴女を必要としているのだから。」



そっと手を離し、そのまま包み込むように抱いた。

腕の中の小さな体は消えてしまいそうなほど切なげで、
浩瀚はどうすれば良いのか必死で考えた。

「ありがとう」

胸に顔を押し付けていたせいでくぐもってしまった声は、しっかりと浩瀚の耳に届いた。

はっとしたように陽子を見下ろすと、満面の笑みで仰ぎ見る陽子と目があった。

その笑顔に心底安堵し、そしてまた陽子に救われたと己の不甲斐なさに舌打ちしたくなった。


「私は貴女の手を決して離しはしません。
だから安心して前へお進みください。
永久に、貴女だけに尽くします。」


こくりと首を振る少女が愛しい。
このまま壊れるほど抱きつくしたい。
そんな衝動を必死で抑え、優しく口づけをするにとどめた。

この信頼を崩したくないがために。




もう一度夜空を見上げると、やはりそこには星と月と雲がある。

そして隣には大切な人がいる。

空を見上げれば、あちらの世界や人々を振り返る。
そして隣を見れば、前へ進めと促す強い見方がいる。

でも時々こうして甘やかしてくれる男の存在がどれほど陽子にとって愛しいか、
それを彼が分かっているのか。

絶対に分かっていない。

陽子はひそかにふくれっ面をして、ちゃんと好きなのだよと、気づいてよと、
同じように空を見上げる浩瀚の頬に口づけをした。

流れ星が流れている。

理性を総動員して我慢していた男がはたしてその後どうなったのかはご想像にお任せする。


























[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!