紅と麦の物語



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十二国記小説
小さい手
ある晴れた日のこと。


執務室で不可思議な行動をする陽子がいた。グッパッパと何度も掌を握ったり開く。

それを不思議そうに見つめる男には気づかず、
ぼうっと自分の掌を見やる陽子に浩瀚は耐え切れずに問いかけた。


「あの、どうなさったので?」

「ああ、小さいなって思って・・・」

「小さい?」

陽子と同じように掌を覗き込む浩瀚は、そっと己の掌を見下ろした。

それを見つめ、陽子が比べてみようと掌を差し出した。

王と掌を合わせるなんて、そんな常識外れなことを浩瀚がするわけはなく、
しかしどうしてもその掌に触れてみたくて・・・

結局欲望にあらがえずにそっとその掌に己の掌を合わせた浩瀚は、ほんの少し目を瞠った。

「本当だ。小さいな。」

思わずと言った風に呟く声に、陽子はふくれっ面をして精いっぱい指を伸ばそうとする。

それでもその手は浩瀚よりも一回りは優に小さく、
腹立たし気に浩瀚の掌を力いっぱい押した。

しかしタイミングが悪く、ちょうど浩瀚が手をひっこめる瞬間に手を押し付けてしまったため、
陽子は盛大にバランスを崩してしまった。

「うわっ!?」
「主上!?」

声を上げたのは同時で、陽子は浩瀚の胸の中にすっぽりと納まってしまった。

自分の腕の中で硬直する陽子は華奢で、文官の浩瀚が力いっぱい抱きしめても壊れるのではないだろうかと思うほどだった。

こうしていると歴然になる体格差に、浩瀚は改めて陽子が女性なのだと実感した。

「何をする!」

羞恥心のためか、浩瀚を睨みつける陽子に浩瀚は困ったように首を傾げた。

「飛び込んでこられたのは貴女でしょう?」

「事故だ。」

ぶっきらぼうに答え、顔をそむける陽子に浩瀚は吹き出しそうになった。

普段もっと慎みを持てと伝えてはいるが、なかなかそれを実行に移してはくれない。
そんな少女が己に対しては羞恥心を持っているとなると、
それなりに男として見てくれているのだろう。

嬉しいな。

とりとめもなくそんなことを考えていると、不機嫌そうに陽子が浩瀚を覗ってきた。

「なんだ。急に黙って。」

「いえ、何も。」

二人っきりの執務室で沈黙が流れる。

何か話そうと口を開く陽子に先んじて、浩瀚が呟いた。

「良いのではないですか?」

「何が?」

「たとえ掌が小さくとも、貴女の心は誰よりも広い」

その心に我々が何度貴女に救われたことだろう。

浩瀚の精いっぱいの気持ちは伝わったのか定かではない。
ただ、少し照れたように伏し目がちで書類に向き合う陽子に浩瀚は小さく微笑んだ。



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