紅と麦の物語



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十二国記小説
浩瀚ついに結婚しました〜逃げる陽子、焦る浩瀚を走らす〜
その夜、浩瀚は絶望に打ちひしがれて過ごした。

どうして逃げるのだろう。

全くもって陽子の行動が理解できなかった。

何かいけないことをしたのか。それとも実は他に好いた男でもいたのか。

いやいや断じてそれはない。
それは言い切れる。
あの少女はそのような中途半端な気持ちで結婚などしない。

そう思い直し、もう一度少女の様子がおかしくなった経緯を思い出してみた。

婚儀の最中は特段おかしくはなかった。

照れ臭そうに浩瀚の隣に立っていたので、おそらくあの時は普通だったのだろう。

そして宴会の時も特段おかしなところはなかった。

おかしくなったのは今朝方だったが、それはつまり宴会と朝の間に何かしら彼女の中で起こったわけで、
つまるところそれは夜のあの行為に結論が向かうわけで・・・・

つらつらと考えて、どう足掻いても陽子を抱いたのがいけなかったのかという結論に達してしまう。

その事実に浩瀚はがくりと項垂れた。

「・・・私は下手くそなのか・・・?」

それなりに生きてきたため、女性経験は豊富なつもりでいた。

確かに初夜なだけあって、年甲斐もなく気分(テンション)も上がった。

嫌がることはしていない・・・はずだ。

ぐるぐるぐるぐると悩みぬき、結局導き出されない答えがもどかしい。

苛立ちよりも悲しみが先に立ち、浩瀚は苦し気に胸を抑えた。



一方陽子は収まらない動悸をどうしたら良いのか分からずにいた。

私室の長椅子に丸くなり、小さく唸る。

どうしてこんな状態になってしまうのだろう。
あいつを見るとおかしくなりそうだ。
あの手が触れるとそこがかっと熱くなる。
もっと触れてほしいのに胸が苦しくてついつい逃げ出してしまった。

呆れられてしまっただろうか・・・?
それともこんな己を嫌になっただろうか。

結婚したのに、それまではうまく行っていたのに、
自分の不甲斐なさに嫌気がさす。



新婚二日目にして別々の夜を過ごすことになるなんて誰が思っただろう。

眠れぬ夜を過ごす陽子はただただ苦し気にうめくだけだった。




翌朝、げっそりとした顔の陽子を見て祥瓊が心配、というより呆れたように問うた。

「貴女、昨日浩瀚様と喧嘩したんだって?」

「喧嘩?してないよ。」

どうしてそんなこと聞くんだ?

目でそう問えば、祥瓊から思いもかけない応えがあった。

「噂になってるわよ。
なんでも貴女が浩瀚様を突き飛ばして叫んで逃げていったって。
浩瀚様が初夜を失敗して貴女を怒らせたとか、本当は結婚自体に裏があったんじゃないかとか。」

まさかそのような噂が流れているとはつゆ知らず、
おまけに浩瀚がまるで悪いかのような内容に、
陽子は憤慨した。

「な、なんだよそれ!違うよ。浩瀚は失敗なんてしてない。
結婚に下心もないし私を怒らせたわけでもない!」

「わかってるわよ。
でも、噂には何かしらの理由があるはずよね?
だいたい、婚儀の翌日に出仕とか、よくあの浩瀚様が許したわよね。」

「それは俺も思っていた。」

ちょうど部屋へ入ってきた桓タイが盛大に頷きながら同意した。

「急に会話に入らないでよ。」

祥瓊の辛辣な言葉もどこ吹く風で受け流す桓タイは、浩瀚のことをよく知っている。

「そう言うなよ。
しかし主上、浩瀚様が本当によく許してくださったと思います。
あの方は貴女に関してはどうも見境がなくなる所がございましたし・・・。」

「許すも何も、一応王様という立場なんだから仕方ないじゃないか。」

ぷいっとそっぽを向きながら答える陽子に、桓タイと祥瓊は困ったものだとばかりに顔を見合わせた。

「主上、浩瀚様が何か悪いことをなさったのなら正直にそうおっしゃた方が良いかと思います。
かの噂については耳ざといあの方にもちゃんと伝わっておりますよ。
普通あのような噂を流されては激怒するものですが、浩瀚様は
ただ貴女のことを心配されておりました。」

その言葉に陽子はバツが悪そうな顔をした。

罪悪感で胸がいっぱいになった。

「あ、それと、昨夜は寝てらっしゃらなかったようで、
一日で随分とげっそりなさってましたよ。
妻がいないのに眠れるか!って俺には怒るんですから。
俺も忙しいのであの人の八つ当たりに会うのはごめんです。
早くちゃんと何かしらの理由をお話してきてくださいね。」

「そうよ陽子。
早く浩瀚様に謝りなさい!
何かよく分からないけど、どうせ初夜であの人が貴女に変態じみたことをして
顔も見れないくら恥ずかしいとか、そういう子供じみた理由でしょ!」

分かってるんだからね!とまたまた追い出されるように部屋を退出した陽子は、
大きく溜息をつくと、昨日のようにゆっくりと浩瀚のいる部屋へと向かった。


新居は浩瀚と陽子が考えた間取りで、蓬莱風の窓に、庭は植物でいっぱいだった。

植物はすべて浩瀚が取り寄せたもので、陽子がリラックスできるように工夫を凝らしたものばかりだった。

わざわざ庭から入らなくても良いのだが、
どうにも居心地が悪く、正面からは入りづらかった。

浩瀚がいるであろう部屋の窓をトントンとたたく。

しかし返答はなく、陽子はそっと部屋を覗き込んだ。

やはり部屋の主はいないみたいで、どこにいるんだと小さく首をかしげる。
しかしよくよく考えたらついこの前まで冢宰として多忙な毎日を送っていたあの男が、
急に暇になったからと隠居したおじいちゃんのように過ごすとも思えない。

どうせ書庫で膨大な書に囲まれてニヤニヤしているのだろうと思い、
今度は図書府へと向かう。

しかしそこにも彼の人の姿は見当たらず、もしや実家に帰ったのかと陽子はヒヤリと嫌な汗が背中を伝うのを感じた。


しかしその考えは杞憂に終わった。

何故か大量に積もった書籍の中から、男の声がしたのだ。

「誰だ?」

聞きなれた声は明らかに浩瀚で、おまけに本に埋もれているくせに
「誰だ?」なんてことを聞いてくるボケっぷりに陽子は吹き出しそうになった。

「何してるんだお前。」

呆れた声で書籍の山をかき分け、高く積まれた中に隠れるように座る男を見下ろす。

「見てわかるでしょう?
少し調べ物をしているのです。」

いや分からん。キノコでも栽培してるかと思ったなどとは声に出さない。


「・・・浩瀚、昨日は・・・」

ごめんと続けようと前へ一歩踏みだした陽子は、
しかし次の瞬間、本の山を盛大にけ飛ばしてしまい、
恐ろしいほど積みあがった本が起こす雪崩に巻き込まれてしまった。

「主上!」

とっさに伸ばされたその腕に抱きこまれ、バサバサと落ちきるのをただただ待つだけだった。

「あぶな、かった。」

小さく息を吐き、大切そうに腕に守る少女を見やると、
陽子も驚いたように浩瀚を見上げた。

また騒ぐ心臓だったが、昼だからだろうか、逃げ出したいなどとは全く思わなかった。
むしろ、この腕の中にずっといたいと思ってしまう。

なんと我儘な心だろう。

大人しく腕の中にいる陽子を見つめ、浩瀚は安心したように息を吐いた。

「今日は、逃げないのですね?」

「だから、ごめんって。」

「初夜が、お辛かったのでしょう?」

そうではないと言いたかったけれど、再度思い出されたあの情事に陽子はうまく声が出せなかった。

「・・・良いのです。
いつまでもお待ちいたしますゆえ。
婚儀までも随分お待ちしましたから、大丈夫です。」

切なげに紡ぐ言の葉はどこまでも誠実だった。

「いつか貴女が私に触れたいと思って下さるその時に、また貴女を抱きます。」

「ち、違うんだ。
そうじゃなくて、だから、その・・・」

たどたどしく話す陽子を浩瀚は何だろうと言った面持ちで見つめた。

「嫌だったなんて、一言も言ってない。
むしろ、お前が夫になってくれて、それで、
なんだか前以上にうれしくて、それで・・・
お前がもっと好きになった。」

予想外の言葉に浩瀚は瞠目する。
それには全く気が付いた様子もなく、陽子は浩瀚の胸に額を押し付けたまま必死で話す。

「夜なんだけど、あれはあれで良いと、思うぞ?
優しくしてくれたし、ちゃんと、愛してくれたし。
でも、ほんとのほんとにお前が大好きで私の心臓はそのうち止まるのではないだろうかってくらい
ひどく動悸がしてしまって・・・
うまく話せなくなるなんて付き合ってた頃はなかったのに何でかなって思った。
たぶんお前のことがもっと好きになったからなんだと思うんだけど、それ以外にも理由はある。」

「・・・それは?」

ごくりとのど元を大きく動かし、浩瀚は信じられない物をみるような目で陽子を見つめ、続きを待った。

「お、お前が前よりずっとかっこいいからじゃないか!
いつの間にそんなになっちゃったんだよ。馬鹿!」


顔は真っ赤で、目は潤んでいて、それでいて必死で訴える陽子が愛しい。

浩瀚は嬉しさに緩む口元を抑えきれなかった。

抱きしめていた腕を強め、もう我慢できないとばかりに
激しく陽子の口を吸った。

驚き逃げようとする陽子を抑え込み、なおも激しく口づけると、
どうにも周りの騒々しさが気になって仕方がなくなった。

顔を上げて二人して周りを見ると、二人を心配していたのであろう、
大勢の外野が盛大に冷やかしに来ていた。

「お熱いねぇ!羨ましい!」
だとか、
「浩瀚!そこ代われやこら!」
だとか、
「二人とも素敵すぎるー
とか、
「いいネタできちゃった
とか、

とにかくさまざまな人間が集まっていて、陽子は顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。

「なーんだ、初夜失敗なんて嘘じゃないですか、元冢宰さん。」

面白くなさそうに呟く男に、浩瀚は冷たい視線を向けた。

「珍妙な噂を流してくれてありがとう、現冢宰殿。」

「あれ?ばれた?」



とにもかくにも二人は仲睦まじく、
いや、むしろ睦まじすぎて、その熱にやられる人間も続出するほどで、
慶は今日も穏やかに時を刻んでいくのであった。


おわり。





{おまけー}


※浩瀚のキャラが盛大に崩壊しております。やばいので、ご注意を。














「おい。おい!おーい!起きろ!」

「ん〜祥瓊?」

だったら良いのに、と思いながら目を開けた桓タイが目にしたのは、
実に不機嫌そうな男の顔だった。

「何ですか浩瀚様、俺、眠いんですけど。」

「黙れ。お前には私に付き合う義務があるのだ。」

不機嫌極まりないと言った風にドサリと椅子に座る浩瀚は、
どうやら梃子でも動かないようだ。

酒とつまみを用意させている周到さも変わらない。

「夫婦喧嘩なんて犬も食わないですよ。
とっとと帰ってください。」

しばらく浩瀚に付き合ううちに、どうやら何かしらの理由で喧嘩したのだと理解したが、
巻き込まれる桓タイからしたらたまったものではない。

「うるさい。私はな、主上が大好きなんだ。分かるか?分からんだろう。
陽子が、結婚するまではだめっていうからずっと我慢してきたのだ。
この私がだ!なのにいざ抱いた途端に態度が変わるとは何故だ!?
私は暫くやらないうちに下手になったのだろうか。
なあ、どう思う?」

知るかよそんなこと。

すっかり酔っぱらった浩瀚に絡まれ、桓タイは眠たさとめんどくささで白目寸前だった。


「もう訳が分からんぞ!だが、あの不可思議なところもたまらんな!」

怜悧な男も一度はまった女にはこうも面白可笑しくなってしまうものなのか。

桓タイは世も末だなと思ったそうだ。

「よし、私は少し女心について調べてくる。」

何か物の怪の類にでも憑かれたかのように爛々と目を輝かせ、
浩瀚は意気揚々と図書府へと向かった。

それを見て気の毒な桓タイは
「まあ、犬も食わないしな。」
と呟かざるを得なかったのは仕方のないことだろう。





おわり。




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