紅と麦の物語



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十二国記小説
浩瀚ついに結婚しました〜嫁に逃げられるの巻〜


婚儀は盛大に行われた。

冢宰だった浩瀚が任を降り、陽子の隣で穏やかに微笑む。

陽子も嬉しそうに浩瀚を見上げ、照れ臭そうに頬を染めている。


おめでとうと告げられる度に、ああ、本当に結婚したんだなと感慨深い気持ちになる。


そんなお祝いモードも夜が深まるにつれ、無礼講へと変化していった。

気を利かせた祥瓊や桓タイが浩瀚と陽子を解放せねば、二人はいつまでたっても二人だけの時間を持てなかっただろう。



「はあ。さすがに疲れた。」

「着慣れない衣装ですしね。
しかし、よくお似合いです。」

「・・・何度言うんだよ。」

「お似合いですから仕方ないでしょう?」

言われてうれしくないはずがない。
ただ照れ臭くてどうしようもないのに、浩瀚が真顔で言うものだから
居心地が悪い。

そっと手を握られ、熱いまなざしで見つめられると、
捕らわれてしまったような気持ちになった。

「寝室に、行きませんか?」

振り絞ったような浩瀚の声はほんの少しかすれていて、
それが色気のようなものを引き出している。

陽子が小さく頷くのを確かめ、優しく寝室へと誘う。

夫婦となって初めての営みに、陽子が緊張したのは言うまでもない。

優しく、極力痛みを与えないよう、細心の注意を以て愛する浩瀚の気持ちが分からないはずもない。

それでも恥ずかしくて、そして浩瀚を想う気持ちが狂おしいほど強くて、
陽子は己のその感情に翻弄され、頭がどうにかなりそうだった。

全て終えた後、浩瀚が気だるげに陽子を抱きしめ眠るその腕の中で、
陽子は未だに納まらない動悸を持て余していた。




翌朝、昨晩己がかなり乱れてしまったことを鮮明に思い出しては赤面する己が恥ずかしく、
陽子は逃げるように浩瀚の腕の中から這い出た。

湯船につかり、思い出さないように必死で頭を振る。
しかしそれも無駄に終わり、結局浩瀚がしたあんなことやこんなことを思い出しては耳まで真っ赤になった。

湯浴みを終え、部屋に戻ると既に浩瀚が支度を終えていたところだった。

「ああ主上、おはようございます。
湯浴みをしていたのですか?」


「うん。」

・・・どうしよう、浩瀚の顔がまともに見れないよ。

その声を聴くだけで、体がかっと熱くなる。

好きすぎて辛いってこういうことを言うのかと、身をもって体験している。

「・・・お体は、大丈夫ですか?」

浩瀚が心配そうに尋ねるので、今度は先ほどよりも大きくうなずいた。

「大丈夫だよ。
それより、おなかすいちゃったね。」

「え?ああ、今何か持って来させましょう。」

侍女を呼ぶ浩瀚の後姿をそっと盗み見る。

夫となったのだから夜はああやって過ごすのだと分かっていても、
色恋沙汰に無縁だった陽子にはあまりにも強い刺激だった。

ぶるりと体を震わせ、あの感覚は本当になんだったのだと疑問に思う。




陽子の朝は多忙だ。

国を正しく導くため、朝議では大真面目に官吏達の言に耳を傾ける。
午後は各府から回される大量の書簡をさばき、さらに危急を要する案件を片づけなければならない。

その間夫の浩瀚がどこで何をしているのかは陽子もよくは知らないが、
多忙であるがゆえに昨夜のことも浩瀚のことも思い出さなくて済むからありがたい。

しかし一瞬でも気を緩めると、頭が沸騰しそうになるほどぐらぐらしてしまうのだ。

さすがに翌日は新婚生活を楽しむのだろうと思っていた諸官も、陽子がいつも通り出仕したので驚いた。
それと同時に「なんと国思いの王だろうか」と感動した。

夜もだいぶ更けたころ、祥瓊が意を決したように陽子へ言った。

「陽子、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」

心配そうに告げる祥瓊の言も、陽子には素通りしているのだろうか。

ぼうっとした風に書簡へ顔を向ける陽子は明らかに集中力を欠いている。

「あーうん。もう帰るよ。」

「陽子、あんたそれ読んでもいないでしょ?さっきからちっとも手が動いてないじゃない。」

とっとと帰りなさい!

言外にそう告げられるも、陽子はどこかぼうっとした様子だった。

見かねた祥瓊が無理やりひっぱたいて外に追い出さない限り、陽子はずっと仕事をしていただろう。

さすがの陽子も夜風に当たれば頭も冷える。

そっと夜空を仰ぎ見て、小さく溜息をつく。

・・・浩瀚は何をしているのだろう。

ふとそんなことを思い、またぞろ顔が真っ赤になった。

鏡を見なくてもわかるほど、己の顔が熱い。

バクバクと脈打つ心臓に、このまま帰ったらもっとまずいことになるのではないだろうかと一抹の不安すら感じる。

二人の新居へとゆっくりと歩を進める。

早く会いたい気持ちと、会いたくない気持ちがせめぎ合う。

決して嫌いなのではない。
好きすぎるのだ。どうしようもなく浩瀚が好きで、
だからこそそんな自分に戸惑ってしまう。

おまけに、婚儀を終えてからの浩瀚はどうにも以前とは違う雰囲気を纏っているように思えた。
以前もそれは頼りになる男であったが、陽子はどうしても
冢宰という役職だから当たり前だと思っていたところがあった。
しかし今その任も降り、ただの「浩瀚」となった男が
持つ色気やら大人の雰囲気がやたらと鮮明になったように思えた。

結婚する前はこのようなことなかったのだが、夫となった浩瀚は前よりもずっと陽子を意識させる。


「遅いと思えばこのようなところにいたのですか?」



ぼうっと歩いていると、突然涼しげな声が聞こえた。

はっとしたように顔を上げると、目の前に浩瀚が立っていた。
そっと覗き込むように身をかがめ、心配そうに陽子を覗っている。


「浩瀚」
「おかえりなさい。」
穏やかに笑み、そっと頬を撫でられる。

その手が暖かくて気持ちがよく、
陽子はすっと目を細めた。

帰ろうと、手を差し伸べられ、思わずその手を握る。

繋がった手が熱く、陽子はまたまた心臓が暴れだすのを止められなかった。

「随分遅いので心配いたしました。
何か、あったのですか?」

「いや、大丈夫だよ。」

小さく呟く陽子に浩瀚が足を止める。
手をつないでいるため、陽子も同じように足を止めた。

「主上、どうしたのです?」

浩瀚は困ったように手を離し、両手を袂に隠し、体の前で合わせた。
冢宰だったころよくしていた体制だ。

「なんでもない!」

勢いよく答えたが、顔は茹蛸のようになっているに違いない。

その様子は浩瀚にどう映ったのか、浩瀚はますます心配そうな表情になった。
わずかに眉間に皺をよせ、そっと陽子の顎をすくい上げる。

「本当に?
どうにも疑わしいのですが。
もしや、まだお体がお辛い・・・とか?」

思案気にそう尋ねる浩瀚に、その内容に、陽子はもう限界だと思った。

「なんでもないって言ってるだろ!!」

そう叫ぶと浩瀚の手を振り払って駆け出した。

遠くで主上と呼ぶ声が聞こえる。

それでも陽子は立ち止まらず、見慣れた執務室着きの私室へ逃げ込んだのだ。




つづく




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