紅と麦の物語



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十二国記小説
花火

ヒューと音がする。
遅れてドンと響き渡る音は紛れもない花火の音だ。


一組の男女が手をつなぎ、ビルとビルの間を駆けていく。

急げ急げと少女が男の手を握り、人をかき分け走る。

その表情は焦りと好奇心と、その他諸々の少女特有の楽しげな笑み。

走って走って、邪魔なビルを背後に向かうは少女の見つけた穴場。

振り回すように男をその穴場に連れてやってくる。

ふうっと大きく息をする隣で男が苦し気に膝に手をついた。

「まったく、どうして私が、これほど走らねばならないのですか・・・」

苦し気な声で問う男に少女は、まあ良いではないかとにやりと微笑んだ。

それを恨みがまし気に見つめるも、何を言っても無駄だと経験上知り尽くしている男は
一度大きく息を吐くだけにとどめる。


「あれしきでばてるなんて浩瀚てばおじさんだな!
運動不足なのではないか?」

ワハハと毒を吐く少女に言い返そうと口を開いたちょうどそのとき、大きな花火が上がった。


「きれいですね。」
「うん。」

肩を並べ、見入るように夜空を見上げる。

今宵は夏祭り。
夏特有の気怠い暑さなど、空に浮かぶ大きな花を見ていれば忘れてしまうほどだ。


何発も何発も打ちあがる花火はすでに終盤へと向かっている。

間髪いれずに上がっては消え上がっては消え・・・
その様は美しくも儚い。

浩瀚は隣にたたずむ少女をこっそりと見下ろした。

翡翠の瞳が花火の光に照らされて一段と美しかった。

このような人気のない場所で男女がたった二人。
そうとなれば陽子との夜に期待して疼くのが男心というものだろう。

まったく、惚れた者の弱みか。

彼女にいくら振り回されようが毒を吐かれようが、それすら楽しいと感じてしまう。

・・・・相当だな

小さく呟いた言葉はひときわ大きな花火でかき消された。


花火が終わり、静寂だけが残った。
そういえばまだ手をつないだままだったなと、浩瀚がその手を離すか離すまいか悶々としていると、
陽子が恐ろしい勢いで握りこむ。

「すごかったね。
一緒に来てくれてありがとう。」


にこりと微笑まれ、浩瀚はドキリとした。

そのような顔を向けないでほしい。
心底そう思った。

顔が熱くなる。今が夜でよかった。

きつく握りしめた手にようやく気が付いたのだろう。

ごめんとその手を離そうとする陽子に、離すまいと浩瀚が握りしめた。

翡翠の瞳が驚いたように浩瀚を見つめる。
その大きなまん丸の瞳を覗き込み、浩瀚は意を決して伝える。

・・・好きです。ずっと、好きだったんです。


少年のように純情な恋心は少女に伝わったのだろう。

嬉し気にはにかむ少女をきつくきつく抱きしめた。


小さな手が目いっぱい浩瀚を抱きしめ返したその瞬間、
浩瀚は満足げに微笑んだ。




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あきゅろす。
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