[携帯モード] [URL送信]

禍福は糾える縄の如し
雨の日の話
「眠…」

机に突っ伏していた頭を上げ、ケータイで時間を確認する。

「ヤバッ…」

時刻は午後6時30分。とうに下校時刻を過ぎ、校内は静まりかえっている。

「あーもう最悪だ」

そして外は雨が降っているため大会前で下校時刻を気にせず練習をしている部活も今日ばかりは1つもなかった。その上、傘を忘れるという大きなミスを犯してしまったが傘を借りる人物もいない。

そもそも何故こんな時刻まで残っていたかというと遡ること数時間前。帰りのホームルームも終わって放課後1人で日直の仕事をこなしていた。普段なら一緒に帰るために待っている麗も今日は用事があるとかで先に帰ってしまった。そして日直の仕事を片付けると眠気が襲ってきた。最近夜更かしぎみだったからなどと考えながら少しだけと思って寝てしまった結果がこれだ。あの時点で寝てしまった自分が憎らしい。

仕方ない。濡れて帰るかと思ったその時。

「 雪花 ?」

聞き慣れた声に名前を呼ばれる。

「柳君?」

教室の入り口には柳君が立っていた。てっきり先生たち以外誰もいないと思っていた。

「なんでいるの?」

「数学の課題を忘れたからだ。そっちこそこんな時間まで何していたんだ」

「日直の仕事終わってから寝ちゃって…」

「はあ…」

そんな盛大にため息つかなくたっていいじゃん!!

「お前は危機感が全くないな」

「学校の中で危機って…」

「何もないとは言いきれない。特にこう暗く、人も居ないとな」

「誰も私なんか狙わないって」

「世の中物好きというものがいるからな」

物好きとか何気酷…。

「とにかく送っていくから帰るぞ」



昇降口

「 雪花 、傘はどうした?」

「あー、そのないです」

「天気予報はよく確認しておけ」

全くその通りです。

「仕方ない。来い。入れてやる」

「…………ありがとう」
 

「よく聞こえなかった」

「ありがとうございます!!」

「それくらいで言えないと聞こえないからな」

そう言いながらフッと笑う柳君にイラッとしたのは黙っておこうかな。

「そんなに端に寄ると濡れる」

………と、言いましてもね。近いんですけど。これは俗にいう相合い傘という状態なんじゃないでしょうか。まさか自分がこんな状況下に陥るとは…。いや、女の子同士できゃっきやっ言いながら相合い傘するなら可愛いからいいだろう。しかし、今の場合私と柳君だよ。ないないない。

「何を考えているんだ」

「よくこの状態を考えると、これ柳君ファンが見たら私虐められると思う」

「お前なら大丈夫だろう」

「どんな自信よ」

この場合過信になるのかな?

「左肩が既にかなり濡れているのは気にならないのか?」

「あー…本当だ。家帰ったら乾かさなきゃ」

「これだからお前は……」

今度は頭抱えられた。私っていったい………。

「とりあえず風邪はひくなよ。もうすぐテストなんだからな」

「分かってるよ。負けたくないし」

「去年が懐かしいな。あの頃のお前は全くと言っていいほど闘争心がなかった」

「あの頃はね……」

闘争心がどうという以前に自分と競うほどの学力の持ち主がいなかったのだ。というより学力以上に周りにどう溶け込むかの方に頭使ってたし。まあ、それが柳君によって打ちのめされるわけですが。学力の絶対的自信。まさか中学生に負けるなんて思ってなかったし、もちろん少なからずあった私のプライドはズタズタになったわけだ。だから私は決めた。絶対に負けないって。なのに、なのに………

「なんでそんなに頭いいのよ」

天才とは存在するものなのだ。柳君の場合は勉強だけの才ではないけれど。

「そんなのお前もだろう」

そんなことない。だって私はやり直してるだけだから。本当の中学二年生じゃなから。元からこの世界にいる人間じゃないから。私は本当にここにいていいのかな? 本当に傘に入れてもらえる権利なんてあるの? ここにいていいのは私なの? 本当は違う人がいたんじゃないかって考えが次々に浮かんでくる。

「大丈夫か?」

「何が?」

「今一瞬………いや、見間違いだ。なんでもない。それより着いたぞ」

良かった。考えこんでたの知られたかと思った。

「ありがとう。ちょっと待ってて」

「? 分かった」


1分後


「タオル。柳君も肩濡れてるよ」

「すまないな」

「いや、別に。柳君一人だったら濡れなかったでしょ」

「では使わせてもらおう。明日返す」

「うん。じゃあ気をつけて」

「では、明日」





柳side

数学の課題を忘れたことに気付き、精市たちに先に帰るよう伝えて来た道を戻った。
教室には誰もいないと思ったが見知った人物がいた。
聞けば日直の仕事が終わってから寝てただと? 警戒心やら危機感の類いがなさすぎる。これだからこいつは困る。その上、傘も忘れたと言う。俺が来なければ濡れて帰るつもりだったのか。

帰りに話したのは他愛ないこと。あいつも普通の様子だった。しかし、あいつが俺に頭がいいと言って「そんなのお前もだろう」と言ったとたん表情が曇った。いや、曇ったというより泣きそうな顔をしているように見えた。だが、次に顔を上げた時はいつもの表情に戻っていた。こいつの泣きそうな顔は今回が初めてではない。たまにふとそんな表情を見せる。前々から気づいていたが聞けたためしはない。

正直に言えば聞くのが怖かったんだ。何故かは自分でも分からない。ただ一つ言えることはこの俺がデータをとるのを躊躇う何かがあるということだ。

俺もまだまだ、だな。


「 雪花 、今お前は何を考えている?」

俺は隣が空いた傘の下で誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。




雨の日の話 了

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!