MIMOSA




「ララ」


近くに寄っただけでは俺に気づけないララに、仕方なく声をかける。
ララは声がした方を振り返ってパッと笑った。

俺の根性がひん曲がってるからなのか、それともララが本当にそうなのか、俺はどうもその笑顔が胡散臭くて堪らん。


「この国に信仰心のある奴なんぞいたんだな」
「?」


きったない恰好したチンピラ達がぞろぞろと、礼拝堂へ入っていく。
見知った顔もちらほら見えた。
ダミーが女連れで来てるぜ、なんて俺の方を指さして笑っている。


「行きましょ。もう、始まるわ」
「あぁ」


入り口には神父が立っていた。若い神父だ。腰に銃をさしている。
いや、もう何も突っ込むまい。

ララが俺をここへ誘きだしたとしたら、教会へ入った途端にズドン、というのも考えなかった訳でもなく、俺も引金に指をかけた。
が、杞憂に終わり、俺はララと共に無事、席につく事が出来た。


すぐにお祈りが始まった。
さっきの神父が祈りの言葉を紡ぐのを、全員で繰り返すのだ。
チンピラ共が「天にまします我らの父よ。ねがわくは御名をあがめさせたまえ」と大合唱だ。
可笑しさを通り越して最早おぞましい光景である。


「我らをこころみにあわせず、悪より救いいだしたまえ。国とちからと栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。アーメン」


滞りなくミサが執り行われていく。
隣でララは誰より熱心に手を組み、祈っていた。

ララはどうやら教会の人間ではないようだ。
俺と一緒に参拝者の席で、参拝者に埋もれている。


祈りが終わり、説教が始まった。
目を開けるよう言われた為、俺は周りを見渡した。

なるほど、信者共は何種類かに分けられた。
ブツブツとなんかずっと唱えて絶えず動いてる、イっちまってる連中。
「なんかよく知んねーけど祈っとくといい事あるんだろ?」とか思ってる素直な若いチンピラ。
あとは俺みたいな冷やかしと、ほんの一握りのララみたいな純粋な信者。


「まぁ、この国らしいっちゃらしいな」
「ふふ」
「なんだよ?」


俺の呟きに、隣のララが笑う。
ララは常に楽しそうだ。
その盲いた目には、美しくて楽しいものばかりが映っているのだろうか。

前ではさっきの神父が、何か聖書の一説を読んで解説している。
敵を愛し、迫害するもののためにあれ。
もちろんだ神様。敵だけが俺の欲求を満たしてくれる。これを愛さず何を愛せというのだ。


「いいえ、ただ、あなたは凄くこの国の事が好きなのねって思っただけよ」
「このくそったれた国が?冗談じゃねぇよ」
「だって、この国この国って言うあなた、凄く愛しそうなんだもの」


前を見ると、神父はえーだとかあーだとか言っておろおろしている。
スピーチ内容がとんだらしい。
さすがに若過ぎる神父だ。多分、最近神父に就いたばかりなんだろう。

それを見てチンピラ共はギャアギャアと下品に笑っている。
俺より一回りほど若い奴らだ。
楽しそうにしているのが微笑ましくて俺まで笑けてくるのは、俺が年を取ったせいなんだろうか。


「まぁ、そうだな。こんな国でもなきゃ今頃俺達ゃ土の中だ。アイツらもあんな楽しく笑っちゃいねーよ」


と、俺が珍しく神妙な事を言った瞬間の事だった。
ドカッと音がして、神父が吹き飛ぶ。

あぁ、嫌な予感がしやがるぜ。

神父に空中跳び蹴りを食らわしたのは、シスターだった。
堂内が歓声に湧く。
そのシスターは飛んでいった神父からマイクを奪い取って、壇上へ上がっていた。
マイクがホーミングする甲高い音が響く。


「ある時キリストは言った!」


女は頭巾を取り、神父の方へ投げた。
長いストレートの黒髪。
リンダだのリタだのと参拝者達が喚いている。
ニヤリと笑ったその顔は凶悪そのもの。

間違いない。
この間の柄の悪いシスターだ。


「「人はパンにのみ生きるものでなし」じゃあ何に生きるんだ?キリストは人の為に生きた。あたしは暴れるために生きる!自由に生きろ!神がそれを許した!以上!」


おおおおおおおお!

スタンドオーベーション。
っておい、ここはライブ会場か。
ミサっつーかワンマンショーだろ。言ってることもおかしいだろ。

言うだけ言って、奴はマイクを投げ捨てた。
元いた整列に戻る。
別のシスターに拳骨を食らっているのが見えた。


「もう、リタったら」
「は?」


不意のララの言葉に心臓が跳ねた。
さっきの俺の「この国」の言い方が愛しそうだと彼女は言ったが、今の言い方ほどではなかったろう。
まさか教会との繋がりはここか?

問い質す前に、ララは車椅子を動かし始めた。


「おい?」


俺の言葉には反応せず、ララが壇上へ上がっていく。
待て。
ララはただの客じゃないのか。

俺が驚いている間にさっきの神父がピアノをひき出した。
アヴェマリアだ。

ずっとうるさかった連中が、いきなり静かになる。
ララが、びっくりするほど綺麗な声で歌い出した。


Je vous salue,
Marie pleine de grace
le Seigneur est avec vous.

Vous etes benie entre toutes les femmes

Et Jesus, le fruit de vos entrailles,
est beni.

Sainte Marie,
Mere de Dieu,
priez pour nous pauvres pecheurs,
maintenant et a l'heure de notre mort.

Amen.


うっかり、営業妨害を疑って来た事も、ララを疑っていた事もシスターを警戒していた事も、一瞬ぶっとんだ。
普通に聞き入ってしまった。

曲の終わりで、真剣な表情で祈るララに、不純さは欠片もない。
なんなんだ一体。
この間からの事全部だ。
一体俺の周りで何が起こってるんだ。


この聖歌でミサは終了したらしく、参拝者達がゾロゾロと礼拝堂を出ていく。
俺はどうするべきか決めあぐねて、座ったままでいた。
ララが壇上を降りてこちらへ寄ってくる。

それをぼーっと見ていて、その時、俺の反応は少し遅れた。

背中に強烈な殺気。
今の今まで気配などなかったのにバックを取られた。
殺気が動くより早く、席を立ち銃を抜き、突き付けた。

俺が銃を突き付けるのと同時に、後ろにいた奴も銃を俺へ向ける。
確認するまでもなく分かった。
さっきのシスターだ。


「なん…」
「てめぇこの下衆野郎!ララをたぶらかしやがったな!?」
「は!?」


天井の高い礼拝堂に、奴の声はよく響いた。
響いたからという訳ではないが、奴の言葉を飲み込めずに俺はただ間抜けに聞き返すしかできなかった。

俺が?ララを?
いやいやいや!逆だろ!!
つーかなんだよコイツ!?ララの男!?いや女だから!


「おいなんだか知んねーがイチャモン付けんじゃねぇぞ子猿、ちょっと檻に入って躾られて来いや」
「ざけんなよ。ララは箱入りなんだよ。てめーみたいなきったねぇ男作らせた覚えはねんだよ」
「何が箱入りだよ、入ってる箱がまずきったねんだよ。他人様にいきなり銃口向ける箱なんぞ入れてたら腐らぁな」


銃を突き付けたまま、互いに思い付いたことを思い付いたまま罵り、固まった。
誰が先に動くものか。
できるなら戦闘はしたくない。
余計な体力を使いたくはないんだ。

しかし、この女、本気で俺を殺す気でいる。
俺がダミーだからか?それとも本気でララに近付いたから殺そうとしてるのか?
どっちにしてもイかれてやがる。
ヤク中もびっくりだぜ。


ピクリと、引き金にかかった奴の指が動いた。
発砲する。
そう判断して俺も引き金に力を込めたが、同時に奴の右手も動くのが視界の端に入った。
        ・・・
ダミーだ。銃は、ダミーだ。

そこから先は感覚の世界。
銃を捨て、腰のサーベルを抜く。
奴が抜いたのも、サーベルだった。
腹立つ事に武器の好みが似ている。

振り下ろされる風音を聞いて、俺は斜め下からそれを受けた。
さっきまでララの歌声の響いていた礼拝堂の空気を、鈍い金属音が切り裂いた。
続いて、投げ捨てた互いの銃がカラカラと吹き飛ぶ音。


「やめて!!」


それから、ララの声が、まるで冷たい水のように降ってくる。
さすがシンガー、余りに大きな声で、俺達は二人して怯んでしまった。


「リタ!ダミーは私のお友だちよ!乱暴にしないで!」
「はぁ!?ララ、いつのまに…」
「ダミー、私の妹のリタ。紹介が遅れて悪かったわ」
「妹かよ!似てねぇな!」


ララは音を便りに一生懸命俺達の所へ近付いて来ていた。
こうなると、ララが危ない。
俺達は一瞬睨み合って、ギ、と刃を擦り、サーベルを退いた。


「待て、ダミーだと!?」
「おっと、その様子じゃ俺の名前は知ってやがったな?」


剣を腰に戻しながら、ハッとした顔でリタが俺の方を見返した。
緋色の瞳。黙ってりゃ姉同様に可愛いだろうに。

次の瞬間台無しに顔を歪めて、嘲けるような笑顔になる。
くそったれ、元がいいだけに余計に小憎たらしい。


「はん、丁度良かった、そのうちお前の顔は見に行くつもりだったんだ。動物園まで行かずに済んでラッキーだ」
「ちょっと待て、動物園だと?何小屋だ!俺はなんの動物だってんだ!」
「ゴリラ小屋だよ!怒鳴るんじゃねぇよ、バナナか?バナナが欲しいのか?」
「だぁぁふざけんな猿小屋に近いじゃねぇかお前の近くなんて御免だ!」


いかん。話がずれている。
つーかこの会話いいのか?教会でしてて。
隣を見るとハラハラした顔でララが様子を伺っている。
奥を見やれば、神父がララと同じ顔でこちらを覗いていた。

俺は息をついた。
本当は目立つつもりじゃなかったんだがな。
偵察して目的を探って帰ろうと思っていただけなのに、まさかリタの方から俺に近付くとは思わなんだ。

しかし、認めたくはないが、この女、どこか俺と同じ匂いがしやがる。
となれば、少しは目的が見えてきた。


「場所を変えようぜ、お前に用があって来た」


《*#》

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