Joker(ジョーカー)



「ぎゃぁあああ!」


俺は走っていた。
とにかく走っていた。
闇雲に銃を乱射しながら、暴言を吐き散らし、走っていた。



「リーディア!殺してやる!手前だけは俺がこの手で惨殺してやるからな!リーディア聞いてんのか!」



俺はもちろん胸元のマイクに向かって暴言を吐いている訳だが、相手から見れば一人で乱入してきて使用人を撃ちまくりながら意味不明な暴言を吐く奇人にしか見えないだろう。

謀らずとも、ただの頭のおかしい奴が強盗に押し入ってきた風を装えたって訳だ。
有り難くて涙が出そうだぜリタ。



『耳元でギャンギャン喚くんじゃねぇよダミー。いいからさっさとフレアを誘拐しな』



俺はパルコが車でグチャグチャにしたエントランスを潜り抜け、正面に聳える階段を素通りし、大広間へ向かっていた。

リタが俺を玄関に突き飛ばしてトンズラしやがったんだ。

俺は今屋敷奥から湧き出て来る武装したメイドだのドアマンだのキーパーだのを片っ端らから相手にしている所だ。
メイドは包丁持ってるわ、庭師はチェーンソー持ってるわ、ハウスキーパーは斧を持ってるわ、物騒な家だ。
おまけにみんなバンパイアときてる。


リタは奴隷時代に知ったという裏道から地下へ。
地下通路から、フレアのいる部屋へ向かっている。
俺が奴をリーディアと呼んでいるのはもちろん、ここの使用人対策だ。


俺が派手に突入したもんだから、地下通路には誰もいないのだろう。
ヘッドホンから聞こえるリタの声は穏やかなもんだ。



「おい君!ここにはリーディアなんて者はいやしない!その者の為にこんな事をしているならさっさと出ていきたまえ!これ以上何もしないならお咎めは…」
「うるせぇぇぇぇ!!ぶっ殺されてぇのか!ぐちぐち言わずに道を開けろ!あと金を出せ!」



あぁクソ。
完全に俺が悪者だ。
今の俺はイカれた強盗以外の何者でもねぇな。
勢い余って金まで要求しちまったし。


大広間へ入ると、メイド共が列を成して俺にナイフやフォークを突き付けていた。
俺は背中からサブマシンガンを引き抜き、右から順に線を描くように乱射した。
俺の足にはサボテンみたいに銀食器が突き刺さる。
マジで銀だ。

バンパイアに銀は毒だから、通常貴族の家でも使うなら金の食器だ。
つまり、これは紛うことなく対バンパイア用の武器である。



『ダミー!』
「なんだよ裏切り者!?」
『白面だ!白面がいやがる!』

管楽器の賑やかな音の向こうで銃声が響いていた。
まずい。
管楽器パートが終わる瞬間にはフレアの部屋に入る予定だ。
リタも丁度同じ時間にフレアの部屋の下にいなくてはならない。
動きがズレれば逃走に支障を来す。


「なんでW.Aが!?」
『どっかから嗅ぎ付けて来たんだろ!』


リタはどうやら足止めを食っているらしい。
丁度いい。俺ばっかりが戦ってたんじゃ不公平だからな。


「きっちり始末しとけよリーディア!W.A側に先にフレアを持っていかれたんじゃ交渉にならねんだからな!」
『分かってらァ!』
「いたぞー!こっちだ!」


リタの通信が切れると同時に、バサバサとコウモリの大群が大広間に入ってきたかと思えば、武装した兵隊が数人後を追ってきた。
奴らが構えているのはライフルだ。

俺はとっさに近くにあったテーブルからシーツを引き抜いて奴らに向かって投げつけた。
マジシャンみたいな真似事はしない。
乗っていた燭台や花瓶やグラス共々私兵に投げつける。
その途端奴らは引き金をひいた。
シーツの塊に次々に穴があき、銃弾が飛び出す。

そして俺は細長いテーブルの端を踏みつけ、立てた。
反対側の端がシャンデリアに命中し、シャンデリアはシーツの塊へ落ちていく。

それで終わればいい。
が、その瞬間、シーツはブワッと膨れ上がり、大量のコウモリが中から湧き出した。



その時には俺は部屋の奥まで辿り着いていた。
コウモリがこっちに向かってくる。
コウモリ姿になると小さすぎて始末するのは骨が折れる。

ウンザリしかけたその瞬間、ヘッドホンでは管楽器のパートが終了し、全楽器が揃う一番盛り上がるパートへ突入した。
シンバルとティンパニーが大きく響いたその時、メキメキと轟音をたてて、黒いバンが壁から大広間へ乱入した。



『ヘイ!まだここにいんのかよダミー!?』



もちろんパルコやヨーデルの乗った車だ。
バックドアから、チビがガソリンをぶちまいている。



「予定通りだ。さっさと出口にむかえパルコ!」


俺がそう叫ぶのと、シンバルが二度鳴るのは同時だった。
一度目のシンバルでヨーデルはマッチに火をつけ、二度目でそれを車の外…ガソリンの上に落とした。


次の瞬間車は更に家の奥へと道無き道を走り出し、俺は扉の向こうへ。
コウモリ共のギィギィという悲鳴が響き渡っていた。



『ララ…ッ!』
「何!?おい、リタ!?」


扉の向こうの喧騒とは打って変わって、その部屋は酷く静かだった。
開けっ放しの窓から夜風が入り、白いカーテンを揺らしている。
窓際にはベッドが一つ。
揺れるカーテンの隙間から見える窓には火花の散る格子がついている。

部屋の中は花で埋め尽くされていた。
まるで病室。
ヨーデルの情報ではここにフレアがいるはずだ。


が、俺はそれよりも耳に入ったリタの言葉に気を取られた。



『クソったれ!ララをこっちに渡せ!』
『ハハ、リタ。ダニエルの口癖が移っているよ?』
「!」



その向こうから微かに聞こえたその声は。


「ダブルエー!!」


どうしてここに!?
そんな疑問になんの意味もない。
この床の下に、今、W.Aがいる。
ヒヤリと肝が冷えた。
まさかフレアの拉致を、奴が直々に阻止しに?

リタは俺の声には気付かない。
駄目だ。リタでは冷静になれない。
W.Aの相手をするのはこの俺だ。

すぐに俺は床を叩いた。
どこかに地下へ通じる穴があるはずだ。
どこだ。
と、続けてあまりにも意外な声が俺の耳へ飛び込んだ。




『……リタ…』





ララだ。
ララが、来ている。

これは奪還のチャンスか?
それともW.Aの罠か?


『ララ!今助けるから…!』
『…リタ、』


久しぶりのララの声はやはり美しく、穏やかで、哀しげだった。
思わず俺は動きを止めた。

背中に炎が迫っていた。
さっき、パルコの車は家中を縦横無尽に走り回り、ガソリンを撒いたのだ。
火の廻りは恐ろしく早いはずだ。



『リタ、ごめんなさい』



しかし俺は動けなかった。
なんだ?
何を言うつもりだこの女は?



『わたし、貴女のもとには帰れない』
『何…、言って…』
『シドのそばに居なくちゃ。いいえ、居たいの。お願い、もうこんな事やめて…』


ドサリと音がした。
リタの声がしない。
リタが呆けて膝を付いた音か?


俺は立ち上がり、ベッドへ駆け寄った。
同時にリタへ怒鳴りつける。


「リタ!しっかりしろ惑わされるな!いいから今は作戦を遂行するんだ!」


リタの返事はない。
俺はなおも怒鳴りながら、ベッドのシーツを剥いだ。
そして、俺も言葉を噤む羽目となった。


そこに寝ていたのは、人形だった。
等身大の人の形をした、女の人形。
鎖で雁字搦めに縛り付けてある。

あまりに精巧だった為に思わず脈と息を確認した。
もちろんどちらもなく、その肌はゴムのような冷たいものだった。

年は二十代後半か。
何よりも俺が驚いたのは、人相だ。
黒く長い髪。
キリッとした黙っていれば整った顔。



そこに寝ていたのは、まさしくリタ。
リタだった。




後ろによろけた。
すると、ゴン、と他の場所とは違う音がした。
出口はここだ。
俺は呆けたまま半ば無意識にその場所にサーベルナイフを突き立てた。



『さよなら、リタ。愛してる。どこにいても、どんなときもよ』


ヘッドホンからはカナリアのような美しい声が響いていた。
駄目だ。
作戦は根本から中止だ。
あの、リタにそっくりな人形を持って帰ってリタに見せる訳にはいかないし、そもそも助け出そうって張本人がそれを阻止し出した。

何がどうなってるのか定かではないが。
とにかく逃げるしかない。



斬りつけた床を踵でぶち破って俺は地下へ出た。
そこは下水道のような所だった。

リタが目と口を開けたまま突っ立っている。
その手からピストルが零れ落ちた。

俺はその胸ぐらを掴み上げる。
が、反応はなかった。
ビンタでもすりゃ正気に戻るか?と手を振り上げる。
すると、声が聞こえた。



「ダニエル」



離れた所に、男が立っていた。
白い仮面をつけている。
それは、暫く前まで俺の物でもあった仮面だ。
男はそれをゆっくり外し、近くを流れていた下水道に放り投げた。



「僕の母さんは、見つかったかい?」
「ふざけんな!アレのどこが…」
「ふぅん、やっぱりここにいるのは人形か。仕方ない、作戦を立て直すとするよ」
「てめぇ、ララをどうする気だ?」



W.Aの腕の中にはララがいた。
両足を黒い拘束具でとめられたララが腕の中で震えている。


こんなにも近くにいるのに、やたら遠かった。
W.Aは俺にとって、それだけ雲の上の存在だ。

W.Aの銃口がこちらを向いている。
それだけでララまでの距離は何マイルにも見えた。


ヘッドホンのベートーベンは終わりに近付いていた。
盛り上がりの最後のパートが最後の繰り返しに差し掛かる。

逃げなくてはならない。
用意してある脱出口はたった一つだけなのだ。



「殺すさ。当たり前だろう?この女の存在がこの世の全てを狂わせているんだ」
「ララの力のことか?お前なら殺す以外に使い道を見いだせるはずだぜ」
「お褒めの言葉をありがとう。だけど、駄目だ。元々彼女は既に死んだはずの人間なんだよ。彼女だって、死を望んでる」



ニッコリと邪気のない笑顔でW.Aが笑っている。
あぁ、駄目だ。タイムリミットだ。曲が終わる。
俺はリタを引きずって後ずさる。


少し離れた所に、マンホールがあった。
W.Aに銃を向けたまま、俺はそこを開ける。
下は線路になっていた。


「おいリタ、頼むぜしっかりしろ!」
「あ……」


リタにビンタをすると、漸く視線が俺と絡んだ。
その大きな瞳から、涙が零れ始める。



「何やってんだ!ララがどう思っていようが関係ねぇ!助け出してから考えろ!どうしてもW.Aのもとに帰りたいってんなら帰らせればいい!死にたいなら殺せばいい!全ては助け終わったあとだ!」
「う……」


曲が終わる。
最後の音が響き渡る。
同時に俺はリタをマンホールに突き落とした。

その瞬間、真下の線路にトロッコが走った。
リタの体はそこに乗っていたパルコの腕の中へ落ちていく。


俺は音のしなくなったヘッドホンを下水道へ投げ捨てた。
そして、W.Aに突進していく。
クソッタレ。
なんで俺がこんな事をしなくちゃならねんだ。


W.Aの弾丸を2発よけた。
が、3発目は太ももを撃ち抜いていく。
激しい痛みに、その銃弾が銀であると分かった。

もうヤケだ。
ララを奪い返せりゃそれでいい。
血が噴き出すのも構わず、W.Aへ掴みかかった。




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