God abandoned the children(世界は二人を見捨てた)







ラティはその時既に実験体であった。
のちにバンパイア界の都市伝説になる、唯一無二の「成功例」。

そもそもそれは疑似血液の製作実験だった。
人間に歯を立て血を吸う、そんな前時代的な食事法しかなかったバンパイア界において、携帯補助食品に似た代物を提案する。
それが実験の目的。

ラティがリタの命と引き換えに受けた実験は、疑似血液のタブレットの元になる母体の製作実験であった。
小さなタブレットに、バンパイアに必要な栄養を含む量の血液を凝縮させるにはただの血液を使用する訳に行かなかった。
そこで、タブレット用の血液を持つ人間を強制的に作り出そうと言うのだ。

これが、なかなかうまくはいかなかった。
人間を使用したのではどの実験体も耐えられずに生き延びることができない。
だからと言ってバンパイアを使用したのではその血が濃すぎて実験の効果が出ない。

ラティは違った。
人間ではあるが、バンパイアの親を持つ混血種である。
ただし、それだけでは実験に耐えることは難しかった。
ラティが実験に生還したのはほぼ奇跡だ。
本人曰わく、神の御加護、である。

内臓数ヶ所をバンパイアの物と交換する手術、血液の入れ替え、長期間に及ぶ薬物投与。
それは死よりも苦痛を伴う実験だった。
適合するはずのない他人の…種族すら違う吸血鬼の内臓。
普通の人間のものだった血液は全て取り除かれ、体中に繋がれた管からはタブレット用の血液を作る為の薬剤が絶えず流し込まれた。
新しい血液に影響して爛れ落ちる皮膚は見るも無惨で、臓器の適合には激痛を伴い、強烈な薬物で激しい嘔吐に苛まされた。


結論から言えば、実験は失敗した。
しかし、ラティは実験から生還したただ一人のサンプルとなったのだ。

どうして生還出来たのかは研究者にも説明がつかなかった。
何故なら、ラティの心臓は止まっているのである。



にも関わらず、ラティは目を開け、起き上がった。
それは既に、人間でも吸血鬼でもない「何か」であった。
研究は、とんでもない化け物を生み出してしまったのだ。


目を覚ましたラティの体には、それまでになかった能力が備わっていた。
まず、吸血鬼を作り出す能力。
そして、その吸血鬼(仮に眷族と呼ぶことにする)を支配する能力。
更に既存の吸血鬼達をも支配せしめる能力である。

最後の能力は、その血液に宿る依存性に関する能力だ。
ダミーのいたバンパイア軍における血液中毒はその類だった。
彼女の血を飲んだ吸血鬼はその血に依存する。
この為、民間に広く流通させるタブレットには使用出来ず実験は失敗と言わざるを得なかった。

しかし、そんな実験よりもラティの存在は重大だった。
ラティは瞳の力だけで対象をバンパイアにすることが出来た。
それも、ラティの眷族という形で。
例えば貴族吸血鬼の眷族であるコウモリがその貴族に逆らえないように、ラティの眷族はラティに逆らえなかった。

驚くことに、その能力は、バンパイアの始祖達が持つそれと、全く同じであったのだ。



繰り返すが、ラティの心臓は止まっていた。
血液はまるで意志を持っているかのように勝手に精製され自分で循環した。
それはラティ本体だけに留まらず、実験的に切り取られた足の指は、何もせずとも腐らず、指だけで生き続けた。
心臓を必要とせずに生きているのだから、当然と言えば当然の結果である。

こうして研究は疑似血液のものからラティのものへと変わった。
ラティに宿る始祖の力を研究するものへと。


それから何年も、ラティの体は研究され続けた。
どんなことを要求されても、リタを人質にとられたラティは拒むことは出来ない。
奴隷小屋のリタが死ぬより辛い境遇で生活していることなど知らないラティは、研究員の「リタは無事である」という言葉のみを信じ、どんなに非人道的な実験にも耐え抜いた。



そして、数年たったある日、結論が下される。
ラティには、ラッセントート家の始祖の血が隔世遺伝しているのだ、と。
幸か不幸か、ラティが人間として産まれて来た為、覚醒することのなかった始祖の血は、半バンパイア化させるという実験によって、その能力を目覚めさせてしまったのである。

ラティの体は実験により、確かに死んだのだ。
心臓が止まっていることがそれを証明している。

そこに、実験によって始祖の血が覚醒した。
絶対的なその血が、ラティの体を支配し、心臓代わりとなったのだ。



結論が出たことで、研究は終了した。
しかし、ラティに安穏が訪れることはなかった。
続けてラティは政治、商業の世界に巻き込まれたのである。

ラティは希少な、恐らくバンパイア界で後にも先にも唯一の存在だった。
ひた隠しにするラッセントート家を後目に、彼女の存在は瞬く間にバンパイア達に広まった。
ラティが手に入れば、絶対的な力をも手に出来る。
彼女には無限の利用価値があったのだ。


結局、彼女の体は小分けに売り出されることになった。
それが決まった日、ラティはその話をずっと聞いていた。
ラティは実験の最中の話も全て聞き、理解していた。
自分の体がどうなっているのかも、完全にだ。
だから、彼女は、パーツをどれだけ切り取られようとも自分が生きれるだろうことを分かっていた。
切り刻まれ、最後に首だけになってもきっとラティは生きることができる。
そんな自分の姿を想像し、ラティは一瞬絶望し、次の瞬間には覚悟を決めた。

その日、ラッセントート家の当主は数年ぶりに彼女を食堂へ呼び出した。
昔のように、歌うよう指示をした彼は、ラティを床に拘束し、食事の間中歌わせた。
報酬の代わりに彼は聞いた。
「心残りはあるか」
ラティは微笑み、訴えた。
星を眺めたいこと。
神に祈りたいこと。
そして、リタに会いたいこと。


研究所にリタが呼び出されたのは、この為であった。
その数日後、ラティは両目を失う。
あの面会は、ラティがリタの姿を見た最後、となったのであった。








「そうだ」

ララの話を回想していた俺の頭上に、低い声が響いた。
リタだ。
どうやら罰仕事は全部終わったらしい。
俺の隣にドカリと座り、俺の煙草を奪い取る。


「結局、ララは始祖の血を持って産まれた時点で、吸血鬼共の餌だったんだ。やってらんねぇぜ、長い間あたしは何も知らなかった」
「で、それを知ったお前は吸血鬼共のお宝のララを誘拐して、トンズラかました訳だな。そら貴族共がぶち切れるのも頷きもんだ」


俺の言い様に、近くにいたビヨンセがハラハラした表情でリタを見たが、リタは意に介せず。
奴はもう慣れている。
俺の挑発を完全に無視して、愚痴るように続けた。


「逃げ出すには力が必要だった。あたしは奴隷仲間に武器の使い方を習って、使用人を誘惑してあたし自身もバンパイアになったんだ」
「逃げ出したってゆうか、壊滅させたって感じだったよね、リタ。あたし、殺されるって思ったもん」


口を挟んだのはビヨンセだ。
ビヨンセはリタとはラッセントート家にいた頃からの知り合いのようだ。
聞くところによると、どうやらこの教団の人間はほとんどがラッセントート家の関係者らしい。

逃げ出した、とは口だけ、リタは逃亡の日、ラッセントート家を襲ったのだ。
研究員を惨殺し、ララを攫う邪魔をした使用人を撃ちまくり、ラッセントート家を血の海にして騒ぎの中煙を巻いた。

その時、奴隷達は騒ぎに乗じて復讐と言わんばかりに戦いに参加した。
中には酷い待遇にあった使用人達も混ざっていたという。
おかげでリタの起こした騒ぎは奴隷一揆として片付けられ、リタの名前が大々的に発表されることはなかった。

その時一緒に戦い、ラッセントート家から逃げ出したのが、この教団って訳だ。
何をどうして教会を名乗ってんのかは知らねぇがな。
大方ララがキリスト教徒だったから便乗したってとこだろう。

ちなみにリタに武器の使い方を教えた奴隷仲間はヴィオラだ。
奴がヴィオラには頭が上がらないのも頷ける。
会話の内容からビヨンセは使用人だったようだ。
単なる使用人だったビヨンセに武器を教え込んだのもヴィオラだろう。
危ねぇババァだ。


「逃げ出した日、ラティは泣いたんだ。アイツのことはあたしが担いでた。ラティにはあたしがラティの為に殺した奴らの断末魔が聞こえてたんだな」


リタはそこで一息ついた。
視線の方向を見やれば、新しい車を物色しに行っていたパルコとチビが帰ってきた所だった。
知らない土地に、チビははしゃいでいて、パルコは水が安いとこれまたはしゃいでいた。
無視して、俺達は新しい煙草に火をつけた。


「化け物の自分が人の命の上で生きてちゃいけない、だとさ。殺してって、泣いたんだ」
「ハ、如何にもアイツらしい発想だ」
「嫌だって突き放したら、次の日の朝には、アイツは生きる覚悟を決めてた。新しい名前を付けて欲しいって言ったんだ。だから、あたしがララって名前を決めた」


リタは掌でマッチを弄びながら、その後に小さく、アイツの歌う歌が好きだったから、と付け足した。
名前か。下らねぇな。
リタとララ(主にララだな)が、名前に変なこだわりを持つルーツが垣間見えた気がした。
ララはリタに名前を付けさせることで、生まれ変わったのだ。
奴にとっては名前はそれほど意味のあるものなのだろう。
だから俺の「ダミー」という名前が嫌いなのだ。
頑なにガーナと俺を呼ぶララを思い出した。

そうだな。
俺も奴の歌う歌は気に入っている。
そろそろ、あの澄んだ天使の歌声に聞き浸りたいものだ。


「ララの両目はどこかに売られたって聞いてるぜ。あの目がなくなってから、ララには人を吸血鬼に変える力はなくなった。」
「売られたその目に能力が残ってるってことか」
「そう。ララはそれが悪用されることを何より恐れてた。その目を奪い返すのもあたしの役目だ」


……ってことは今の所、俺の役目でもあるってことだ。くそったれめ。
まぁ仕方ない。
ララがW.Aに奪われた責任は俺にもあるからな。

そこでふと俺は思い至った。


「おい、目の力以外の能力はララに残ってるんだろ?ララに付いてるって言ってた発信機とやらはもしかしてアイツの能力か?」


前から不思議に思ってたんだ。
俺がララを誘拐した時、リタはアイツに発信機がついてると言った。
だが俺達はその発信機を見つけられなかったんだ。
今回も、W.Aが俺達を見つけられたのはララのせいだとリタは言った。
それも、始祖の力って奴か。


「そうだ。言ってなかったと思うが、あたしはララの眷族なんだ。ララは眷族の全てを把握し、支配出来る。居場所を掴むのも、教えるのもララには簡単さ」


と、いうことは、だ。

今もララには俺達の居場所が分かり、それを騙されてW.Aに教えている可能性がある、と。

…………こんな所でゆっくりしてる場合じゃないんじゃねぇか、俺達。





.

《*#》

7/11ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!