Edge of the world(世界の果てで)




「死ぬかと思ったわ!」
「あ?車事故ったくらいで死ぬかボケ」
「あのな!俺人間なの!お前ら化け物とは違うの!車クラッシュしたら普通に死ぬの!」
「死んでねんだからいいじゃねぇかよこのパンツ野郎め!」


道なき道(宝石店のことだ)をクラッシュし、別の通路に出た俺達は、ひとまず警吏からも白面からも逃げおおせたことを確認し、ガタガタになった車を走らせた。
フロントガラスはないわ、運転席周辺は歪んでるわ、天井には穴が空いてるわ(これは俺の仕業か)、ボディは事故の衝撃で原型が崩れている上に被弾してベコベコ。
挙げ句に俺がドアに飛び付いたせいで片方のドアが半分外れ、さっきからガリガリと地面を削っている。

俺はチビが一生懸命にドアを元に戻そうとしているのをひっ掴んで車内に戻すと、宙ぶらりんのドアを蹴り落とした。
泣き言を言っているのはパルコだ。
リタがピストルのマガジンを取り替えながら叱咤している。


「お!いーもん発見」


言いながらリタがシートの下から取り出したのはワインのボトルだ。
ヒョイと後ろへ投げてくるのを受け取り埃っぽくなった喉へ流し込む。


「で、どーすんだよ」
「このまま勢いでラッセントートに突っ込むか?」
「馬鹿言え、当たって砕けてたまるかってんだ」
「じゃあ教会だな」
「どこにあんだ?」
「知らねぇ、十字架のたってる所を片っ端から襲撃しようぜ」
「だそうだパルコ」
「「教会探せ」」


飲み干す間、パルコにそう指示を出す頃には両側に砂地の広がる国道に出ていた。
夕陽に炙られ、辺りは赤く染まっている。
セントラルからは抜けたらしい。
街が変わればさすがに警邏隊は追って来まい。
が、白面共にゃ街など関係ない。
ひびだらけになったバックガラスをヒョイと見やれば、車の後ろではコウモリの群が赤い空を黒くしながら追ってきていた。
くそ、なんだってこんな、面倒な。


「どっかで車乗り換えねぇと、あんまもちそうにねぇぞコイツ」
「あーめぼしい車見つけたら言うわ。俺ぁちょっくらアレ、始末してくる」


怪しい音をたてながら走行する車に、パルコがぼやく。
俺は適当にその言葉をあしらい、天井から車の上に出た。
途端にコウモリ共が反応しやがる。

空のワインボトルに爆薬を仕込んで黒い空に投げつけた。
爆発と共にコウモリが地面に散り、少しは数が減っただろうか。
スピードを上げ続ける俺達の車に追い付けないのか、コウモリ共は人化しない。
今のうちに始末するのがいいだろう。


「つーかなんで追ってくるんだあいつら!」


助手席からリタが声を投げた。


「そりゃW.Aが俺達を殺せって指令を出したんだろ」
「あんな下っ端の弱ェコウモリ共にあたしらが殺されるとでも思ってんのか」
「人海戦術って奴だろ。もしくは俺達に準備する時間を与えずラッセントート家まで追い詰めるつもりかも分からんがな。んなことよりなんでアイツに俺達の居場所がバレたんだ?」


人型ならまだしも、コウモリの姿は拳銃じゃ命中させにくく、ほとんどは黒い群を散らすだけだった。
苛立ちながらも車の上に胡座をかき、発砲を続ける。
あれだ。
狩猟用のライフルが欲しい。

リタは車の窓から乗り出して援護射撃(と書いて冷やかしと読む)をしながら俺にぼやいている。
が、俺の言葉に表情を硬直させた。
いくら銃を撃っているとは言え、その程度のことには気付ける。
俺は弾を交換するついでに、助手席に一瞥をくれてやった。
リタの舌打ち。


「……ララは素直なんだ」
「…………は?」


話の唐突さに俺が思わずよそ見をすると、即座にコウモリの群が猛アタックを仕掛ける。
地味に高音の鳴き声がキツい。
リタは俺が手でコウモリ共を払っているのに呆れた目を向け、何かスプレーらしきものをコウモリ共(俺込みで)に吹き付けやがった。
コウモリ共がバタバタと落下する。


「ちょ!おい!今のなんだ!?」
「さっき作った催眠スプレー」
「俺にもかかったけど!?」
「馬並に鈍感なお前に効くかッ」


この女いつか絶対殺す。


「で、ララがなんだよ?」
「多分、陛下に騙されてあたしらの居場所吐いちまったんだ。」
「あ!?どういうこった!?」
「頭悪ィな、どうとでも騙せるだろ。例えば、『ダミーとリタに言われてあなたを保護してるが、二人の行方が分からなくなった』だとかな。実際、誘拐された時ララはヘッドホンをつけてた。現状を把握してるかも怪しいもんだぜ」


なるほどな。
W.Aは実際言いそうだし、ララは実際騙されそうだ。
って、そういうことじゃねぇ。
危うく納得しそうになった俺が脳内で突っ込みを入れるも、リタは至って普通に話を続けようとする。

何がおかしいか分かるだろ。
そもそもどうしてララに俺達の居場所が分かるんだ。
俺の疑問に気付いたらしいリタがあぁ、と思い立ったように呟いた。


「昔言っただろ、ララには特殊なセンサーがついてる」
「なんだそりゃ」
「いい加減に教えとくぜ、ララはな、『母胎』なんだ」


言いながら、リタが車の上へ上がって来る。
車の中と外でする話じゃないと思ったのか、俺にオフェンスをやらせてたらきりがないと思ったのかは定かじゃない。

上がってくるなり、奴はコウモリの群にガソリンをぶちまけた。
そして、さっきのワインボトルで作ったと思われる火炎瓶を投げつける。
もうだいぶ暗くなってきた空が赤く染まった。
無茶苦茶だ。


「ラティは妾の子で、人間で、体が弱かった。当主と正妻の間に子供が出来ず、一人娘だったことから、追い出されることもなく、始末されることもなく、ただ監禁されるようにして煙たがられながら生きてきた」


辺りには動物の焼けるいい匂いが漂う。
幸いなことに、砂地の国道はガランとしていて、人一人通っちゃいなかった。
盛大な放火を咎められることもないだろう。
俺はオフェンスをリタに任せ、リタが車内から持ってきたワインに口をつけた。





……それから、奴は、銃を撃つ合間に語り続けた。
どちらかというと、語る合間に八つ当たりで撃った、という形ではあるが。

俺はひたすら風の通る車の上で、車に積んであった酒を飲み続け、奴の話を黙って聞くふりをした。
と言うのも、結論以外に興味が全くなかったからである。
自分の生い立ちですら朧気だってのに、他人の生い立ちに興味があるわけがない。

車のトランクにあったワインをほぼ飲み尽くした頃、その頃車はポツポツと民家や林の並ぶ郊外を走っていたのだが、突如、俺の頭の上を火の渦が通り過ぎた。

頭皮と毛根の危機を感じて、俺が体を伏せる間に、しつこくついてきていた最後のコウモリ集団が焼け焦げた。
車は急停止。
リタが上から転げ落ちる。
現状を把握できない俺達が、やっと止まった炎の出所を見やると、そこには見慣れた十字架が立っていた。
どでかい火炎放射機を担いでいるのは、確か、…シスタービヨンセ。


「シスターリタ!ミサを抜け出した罰は重いよっ覚悟しなっ!!」
「ゲッ!まぁだそんなこと怒ってんのかよっ」


そして、その後ろに控えるは、マザーヴィオラだ。
相変わらずの小太りの顔を赤くし、酒瓶片手に仁王立ち。
頼むからその礼拝服をやめてくれ、男の夢が壊れるから。


とまぁ、そんなこんなで俺達は、教会に亡命を果たした。
俺達には酒が、チビには乾パンと干し肉が与えられ、閑散とした礼拝堂にそれぞれ落ち着く。
礼拝堂は何故か、アブストラクトにあった教会のものと、全く同じだった。
アブストラクトの時も思ったが、何をどうして、こんな立派な一夜城を築いてんだか。
ちなみにリタだけはヴィオラに首根っこを捕まれ、連れて行かれた。


例の如くライムをぶち込んだテキーラを煽っていると、火炎砲をしまいに行った黒人シスタービヨンセが帰ってくる。


「馬鹿女は?」
「ヴィオラの部屋でキリスト相手にお祈りの言葉を暗唱中」


つまり、罰を受けているということだ。
奴はヴィオラに会う度に罰を受けてんな。
しかしアイツ、お祈りの言葉なんてまともに覚えてんのか?
アイツの口からは普段暴言と雑音しか出てこない気がするが。

俺が若干アルコールの回った頭でそんな事を考えている間に、ビヨンセは俺の対面に座った。


「国王陛下に追われてんだって?」


俺の煙草を奪い取ったビヨンセが、からかうように俺を流し見る。
俺はここ数日の悪夢を思い出して、天井を仰いだ。
白く、高い天井には、天使が踊り狂っている。
真ん中にはマリア。
取り囲むように様々な楽器を持った天使が描かれている。
全て、石造りだ。
ララの歌どころか俺のくしゃみまでよく響くのも分かる話だ。

正面に、祭壇がある。
張り付けのキリスト像が佇み、その奥には巨大な蝋燭が赤い火を揺らしている。
その前には演台があり、そこにまで精巧な彫刻があった。
そしてそこから少し離れた所に、俺達の座る長椅子が並んでいるという寸法だ。
ちなみに、その両側には小さな噴水があり、その真ん中にお布施を募る盆が立っている。

全て、アブストラクトにあった教会と同じだ。


「まぁな。仕事はなくなるわ、命は狙われるわ散々だ。命乞いでもしようか本気で悩んだぜ」
「神様に?ならウチの懺悔室でしなよ、シスター達にボコボコにされれば少しは戦う気になるんじゃない?」


ビヨンセはニヤニヤと楽しそうだ。
格好こそシスターのそれだが、その顔は凶悪としか言いようがない。


「ウチの教団は、陛下を殺す方向で固まったからね、協力ならいくらでもするってマザーが言ってたよ。リタに丸投げだけど」
「俺をボコボコにすんのも協力のうちってか。やってらんねぇぜ」
「ララの話、全部聞いたんでしょ?ならウチの教団が何考えてるかも分かるよね」


ララ。
無意識に俺の顔は苦虫を噛んだような、奇妙な苦笑を描いた。

リタの吐き捨てるような声を思い出す。
ララは餌として生まれてきたのだ、と。








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短いですがキリがいいのでここまで。

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あきゅろす。
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