Lust(欲するままに)



ギシリとスプリングが鳴った。
リタは煙草をくわえたまま驚いた表情で目を瞬かせる。
喉が渇いて仕方なかった。
血をくれ、と口に出そうとしたが、コイツに何かを頼むというのも癪で、結局中途半端に口を開いただけで俺は眉を寄せた。


「駄目だ」


リタは動くようになった腕を伸ばして、煙草をもみ消し、俺に向かってにやついてみせた。
どうやら俺の考えた事はお見通しらしい。
畜生、この野郎、少し自分が有利な立場になったと思えばコレだ。

そのまま俺の胸に手をついて俺の体を退けると、起き上がる。
そして俺の煙草に火を付け、その煙草ケースを俺へ放り投げた。
仕方無く俺も煙草をくゆらせる。
俺達は向かい合ったまま胡座をかいて対峙した。


「続きが先だ」
「あ?」
「W.Aはもうあたしらに用はないだろ」


リタの目は真剣さを取り戻していた。
コイツが本当に聞きたがっているのはW.Aが俺達を殺そうとする理由なんかじゃないだろう。
だが、心の準備が出来ないのか、聞くのが怖いのか、さっきから先延ばしにしている。
俺も同じだ。
それを話すのが嫌で、現実逃避にあの白面達を思い出した。


「俺達があの見せ物小屋を襲ったのは何故だ?」
「白面に襲われる前にこっちから仕掛ける為だ」
「アイツも同じだ。ララを奪えば俺達が取り返しに来る事くらい予想できる。襲われる前に俺達を殺しに来たんだ。…W.Aの代わりに、白面達がな」


リタはサイドテーブルに置いてあった灰皿を俺と自分の間に置いた。
灰をそれに落とすと、かき上げただけの黒髪がパラリと首筋に舞う。
俺はそこから目を背けて、同じように灰を落とした。


「とにかく、白面達に追っ掛け回されて、殺されかけて、命辛々ここまで逃げて来たって訳だ。完敗だ完敗。一分の隙もなく、完膚無きまでにW.Aにしてやられた。敗因は俺達の頭の悪さだ」
「達じゃねぇよお前一人だ。つーかそもそもなんでW.Aがあの場に来たんだ」


やけくそになって頭をかくと、リタの冷ややかな声が降ってきた。
計画は俺に練らせておいてこれだ。全く、やってられない。


「パルコの馬鹿が金欲しさに情報を流したか……いや、俺から金貰ってる以上それはないか。あと怪しいのは、チビだな」
「あのガキ、陛下のスパイだったのか!」
「分からん。お前の正体が店側にバレてたのも同じ奴の仕業だろうが、まぁ、終わった今となっちゃ何でもいい」


当日はヨーデルのパン屋に働きに行けと言ったチビを思い出す。
金貨2枚でスパイを雇わされただなんて、俺は大間抜けにも程がある。
あとでカマはかけてみるが、俺の名誉の為にも白であることを願おう。

ごちゃごちゃ考えていると煙草を灰皿へ置いたリタが胡座を崩して横に倒れた。
顔色が悪い。
さすがに数時間前に死にかけた体だ。
いくらララの栄養剤みたいな血を飲んでいる体でも、飢血に襲われているのだ。


「おい、今更死ぬなよ。俺の苦労が馬鹿みてぇだ」
「まだ、聞くことが…」
「……ち、しゃーねぇな」


苦しそうに息を荒げながら、リタが気丈に俺を睨む。
仕方ない。
俺はシャツの袖をまくり、右腕をリタへ差し出した。
リタは無茶苦茶に嫌そうな顔をして、舌打ちをした。


「嫌なら食うなよ。俺だって嫌だっつの」
「うっせぇ、お前に貸し作りたくないだけだ」


冷たい手が俺の手首を掴む。
ララにしている癖なのか、いつもの奴に似合わず酷く優しげな仕草で、リタは俺の手首に唇を寄せた。
軽いキス、血管を確かめるように震える舌で肌を舐めてから、異形の牙を、突き立てる。

ブツリと皮膚の裂ける音がして、痛みが走った。
そういえば、コイツに血を吸わせたのは初めてだ。
美味そうに喉を鳴らしたリタを見て、俺の飢えも悲鳴を上げた。
あぁ、こんなに大嫌いな血の味を、どうしてこんなにも切望しなきゃならないのか。
うんざりした気持ちで、しかし抗えない吸血鬼の本能に身を任せようとすると、俺よりも先にリタが理性のたがを外した。

手を引っ張られたかと思えば、視界が反転する。
気が付けばリタが俺の上に跨り、俺の胸ぐらを掴み上げて首筋に顔を寄せていた。
飢えに荒だった短い呼吸が耳の奥に媚びり付く。
思わず抱き留めた体は、どこにあんな筋肉を隠しているのかと思う程柔らかく、華奢だった。
血を吸い上げる濡れた音が室内に響く。
獣じみた食光景に、飢餓感は限界だった。


「リ……」


腰を抱く腕に力を込める。
瞬間、リタの手が動くのを感じて、俺は咄嗟に両手をあげた。
リタが俺の胸に銃口を当てている。

俺の上に座り込んで顔をあげたリタの口角から、赤色が筋を引く。
無表情だったが、そこには悲壮が満ちていた。



「……ララは?」



避けていた、本題だ。

隙がないにも程がある。
今のは大人しく俺に飯を食わせる空気だっただろ。
俺は手をあげたまま呆れた眼差しを送ってやった。
リタの表情はピクリとも動かない。


「死んだ」
「嘘だ」
「同然だ。W.Aの手中に落ちた」
「取り返す」


縋るようなリタの視線。
取り返すとは言葉だけで、取り返そうと言っているのは目に見えていた。
俺を巻き込むつもりでいるのだ。
冗談じゃない。
これ以上面倒に巻き込まれてたまるものか。
俺は鼻で笑ってやった。


「あぁ、取り返しに行けばいい。俺はご免だね。理由もなく死にに行く程馬鹿じゃねぇんだ」
「契約は?しただろう共闘するって」
「充分果たした。これで終わりだ。こっから先は、俺は俺の、お前はお前の好きにしようぜ」
「今ならまだ間に合うだろ。あと少しでいいから協力しろよ。もたつけばその分ララが遠退くんだ」


リタはしつこかった。
その考えこそ甘過ぎる。
W.Aを知らないからそんな事が言えるんだ。
俺は奴の口を挟む隙なく、まくしたてた。


「W.Aの怖さは俺が一番よく知ってる。
今は俺達を殺して取り返しに来れなくしてからゆっくりララを使おうと思ってるだろうさ。
けどな、俺らが先に動けば、アイツは俺らを殺すよりララを殺した方が早いだとか判断しやがるぜ。
しかもララを殺したあとで、ゆっくり俺達を殺しに来るだろうよ。俺達がララの復讐なんか考えないようにな。俺は、あんな野郎には敵対したくない」


言い切るや否や、リタは俺の左胸に手をつく。


「このまま貫いて心臓を握り潰すって言ってもか?」
「やりたきゃやれよ。お前とこの世どっちかと別れる、それだけの話だ」


つき慣れた嘘だった。
俺は、死を人生の負けだと思ってるたちの人間だった。
死ぬのは絶対にご免だ。
どんなにかっこ悪かろうと、惨めだろうと無様だろうと、生きれる道があるなら何が何でも生きることに決めている。

が、リタは信じたらしい。
悔しそうに俺の胸を拳で叩いた。
最後の追い討ちとばかりに、俺はベッドヘッドに入れてある果物ナイフで、自分の首を軽く切ってみせた。
肩に血が伝うのを見て、リタの目に欲望の色が戻る。


「これでさよならだ。さよならなんだよリタ」
「…………」
「今日は思う存分飯を食おう。それで、明日の朝からはもう俺達は無関係だ」
「……いいだろう」


悔しそうに舌打ちしてすぐに諦めるものだと思っていた。
リタは別に俺に執着している訳じゃないし、すぐに別の誰かを見つけてなんとかするだろう、と。
だが、悔しそうに顔を歪める前に、リタは一瞬情けなく口をへの字にして眉を下げた。
悲しそうな表情だった。
一瞬だけだったその表情は、悪いことに、俺の脳裏に焼き付いてしまった。

振り切ろうと、リタの銃を握ったままの片手と俺の胸についた片手を抑えつけるように引き寄せた。
そのまま両手を拘束して首筋に噛み付く。
リタの息を詰める声。
抵抗しようと一瞬腕に力を入れた奴はすぐに諦め力を抜く。

俺は抱き寄せたリタの体をベッドへ押し付けた。
今度こそ、リタの血を啜り上げる。
トロリと喉へ流れる熱い鉄の味。
夢中になって飲み下した。

顔を上げれば俺の背中に手を回したリタが肩に顔を埋め、歯を立てる。
溢れた血でシャツが汚れる。
俺はリタが口を離した瞬間にシャツを脱ぎ捨てた。
そうしながら性急にリタのシャツのボタンも外していく。
部屋に立ち込める互いの血の匂いに酔った。
体勢を何度も入れ替えながら、全身から血を貪り合う。
耳、指、手首、喉、胸、腹、膝の裏、足首。


宣言通り、朝が来るまで俺達は、まるで互いを慰めるように食欲を満たした。
これでこの変な姉妹ともおさらばだ。

明日の朝からリタはW.Aを追うだろう。
今の時点で、リタがW.Aに勝てるとは微塵も思わない。
ただリタの死体の始末をしないで済むよう願うばかりだ。
まぁ、これも金次第だがな。

そして俺は、パルコの捕まえた楽園の店主を探る。
フロンターレの戦役を奴が知っているようなら、叩いて脅して情報を吐かせよう。
もしまたリタが俺の邪魔をするようなら今度こそ始末する。
それだけの話だ。

それだけの。



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