銀の森の魔物たち
U-2
吐く息さえも凍えそうなくらいに寒かった。身体がカチコチになって、ようやくたどり着いたそこには、古い小さな小屋が立っていた。
僅かに見えた光は窓ガラスから漏れているものだった。凍えたフィオーラには、暖かい色に見えた。
「誰か…誰かいませんか?」
ドアを叩く力も弱々しかった。かける声はもっと力無く、中に人がいても気づいてくれるかどうかの大きさだった。しかし何としても中に入れてもらわなくては。このままでは凍死してしまうだろう。
フィオーラはドアに倒れ込むように身体を押し付ける。立っているだけの力ももう残っていなかった。
「お願い…中に…入れて…」
そのままズルズルと足元に崩れ落ちる。もう限界だった。
そう思った時、ドアが開かれた。
「あ…」
まぶしい光を背景に、一人の男が立っていた。
フィオーラはその男の足に手を伸ばす。
「お願い。道に迷ってしまって…どうか一晩、泊めて…」
そう言うのがやっとだった。そのまま意識が遠のきそうになるフィオーラに男の力強い手が伸びた。そしてフィオーラの身体を抱き締める。
「可哀想に。すぐに身体の芯から暖めてやるからな」
その腕の暖かさと、フィオーラにかける言葉の優しさに心底安堵した。これで助かるのだと、嬉しくてフィオーラは男の腕に縋り付いた。
男はそんなフィオーラを抱き上げ、温かい部屋の中に招き入れた。
部屋の中は明るく、暖炉の炎も煌々と燃えていた。男はフィオーラをその暖炉の前へ連れていった。
「あったかい…」
むしろ熱いくらいの炎に、フィオーラは身体を暖めようと近づくのを男が止めた。
「火傷をする」
そしてフィオーラの着ていたキャミソールの紐に手をかけた。するりと、ずり下ろそうとするのでフィオーラは慌てて身を引く。
「な…何をするの?」
「何って…濡れたのを着てたら風邪をひくだろ」
「でも…」
見知らぬ男の前、風邪をひくことと肌を晒すことの比較をして戸惑う。そんなフィオーラに男は言い放つ。
「どっちにしても全部脱いでおけ。風呂の準備をしてやる」
そう言って男はフィオーラに背を向けた。棚の上から大きなタライを下ろして部屋の隅に置くと、釜の上で湯だっていた大鍋を持ち上げる。見知らぬフィオーラの為に風呂を作ってくれる気だと分かる。だだをこねている自分が恥ずかしくなる。
フィオーラはそっとキャミソールを脱いで、スカートも下着も脱いだ。衣類は全て滴が落ちる程に濡れていて、脱いだ方がむしろ暖かかった。
フィオーラは男から身体を隠すように背を向ける。背後で男が風呂を作ってくれている気配を感じた。
いい人なんだ、この人。ちょっと怖そうだけど。
チラリと振り返り見る。
深緑の長い髪を背に束ねているのが目に入った。
ふと、昼間追いかけていた猫を思い出した。フィオーラをこの森の奥深くに誘い込んだ、あの奇麗な猫を。そう言えば金色の瞳をしていた。この男も同じだった。
そう思った途端、男が振り向いた。
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