銀の森の魔物たち
U-1


「どこ…行っちゃったのかなぁ」

 フィオーラは辺りを見回して、たった今まで追いかけていた金色の猫を探した。とても奇麗な黒い毛並みに金色の目をした、印象的な猫だった。黒い猫はフィオーラを誘うかのように森の奥へ奥へと導いてきたのに、突然フィオーラひとりを残して姿をくらましてしまったのだ。

「仲良くできたらと思ったのに」

 そう呟くとフィオーラは可愛らしい唇をすぼめて、大きく息をついた。

 近所に同じ年頃の子どももなく育ったフィオーラにとって、森に住む動物が友達だった。

 と、その目にヒラヒラと天から舞い降りる白いものが映った。

「…雪…?」

 思った途端に、身震いをした。寒くなってきた。薄いキャミソールと丈の短いスカートを一枚着ているだけである。

 冬籠もりの時季だから外へ出てはいけないと言った父の言葉を思い出す。

「帰らなくっちゃ」

 フィオーラは慌ててきびすを返す。そのまま駆け出そうとしたが、動けなかった。

「ここ…どこ…?」

 見覚えのない森の奥深く。こんな所まで一人で来たことはなかった。

 フィオーラの目の前には帰り道を閉ざす木々が立ちはだかっていた。












 くすん…。

 雪は次第に強くなって、フィオーラは寒くて凍えそうだった。

 夕暮れた森はあっと言う間に日が影って、夜を迎えた。日が落ちてからは突き刺さるような風も出てきた。

「父さん…」

 いつも抱き締めてくれる温かい腕を思い出して泣きそうになる。

 あれ程森に入ってはいけないと言われていたのに、こんなに奥深くまで入ってしまった。

 フィオーラは父の言葉に従わなかったことを心底後悔した。

 歩いて歩いて、それでも森から出られなかった。

 雪と風とで凍える手足。

 もう歩けないと、フィオーラは雪の上にひざまずいた。

「つめたい…」

 素足の膝が白い雪に埋もれる。冷たい雪は柔らかなフィオーラの肌を切る程の痛さで、その痛みにポロリと涙が出てきた。

「このままお家へ帰れなかったらどうしよう…」

 膝から力が抜け、フィオーラは雪の上に座り込む。尻に冷たいものが触れると、全身が凍りつく気がした。

「さむいよぉ」

 寒さに体力と気力が吸い取られる気がした。身体も動かなくなってしまい、力が尽きたように、そのままフィオーラは雪の中に倒れ込んだ。

 夜の森は明かりひとつなく、寒さと暗さと心細さとで押し潰されそうで、フィオーラはギュッと目を閉じた。

 ひどく悲しくなった。

「あたし、ここで死んじゃうのかなぁ」

 呟いた途端に、否定する言葉が頭に浮かぶ。

 そんなの、嫌だっ!

 心の中で叫んで、パッと目を開けた。天の助けか、その目に、うっすらと光が見えた。

「家だっ!」

 叫んで、起き上がった。

「あそこで一晩、泊めてもらおう」

 フィオーラは冷たく凍えた身体を起こし、何とか立ち上がる。寒さに両腕を抱えつつ、ふらつく足を何とか支えて一歩踏み出す。

 遠くにうっすらと、気の幹に何度も見え隠れする僅かな光を頼りに、ゆっくりと歩き続けた。

 そこにどんな魔物がいるとも知らずに。











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あきゅろす。
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