古から、木の股から生まれてくるのは魔物だと決まっていた。
カナンがそれを見つけたのは、偶然でも何でもなく、そこが自分が生まれた場所であったから。幾らか前の春に、自分も同じようにこの木の股から生まれてきたのだ。その時と同じように、自分と同種の魔物がそこから這い出てくるのを見つけたのだった。
否、自分と同じではなかった。同じ木の股から生まれ出てきたが、今目の前に姿を見せたのは、自分とは対の姿をした可憐な少女だった。
金色の髪は艶やかで、丸みを帯びた姿態は何とも触り心地が良さそうだった。
木の股から全身を現すと、少女はそれ程高くない木の枝から、ころりと地面に転がり落ちた。途端、泣き出した。
「うああああんっ」
生まれたての少女は、ぺたりと地面に座り込み、天を見上げるようにして大声で泣いた。カナンは、まずいと思った。この声が他の男の耳に届くようなことがあってはならない。この少女は自分が見つけたのだ。自分のものにする権利があるのだ。誰のものにもさせられない。
カナンは隠れ見ていた潅木の中からすぐさま飛び出して、少女に駆け寄った。
「どこか痛むのか?」
見下ろして来た初めて見る男の姿に、少女はぴたりと泣き止んだ。そして、大きな金の瞳をカナンに向けてきた。
「だぁれ?」
目に涙をいっぱいに溜めているがすっかり泣き止んで、少し小首を傾げては、じっとカナンを見つめてくる。可愛らしいその仕草に、カナンは心の躍動を隠せず、そのきつい眼差しに笑みさえ浮かんだ。
「お前の番の相手だよ」
「…つが…い?」
今度は反対側に首を傾げてみせる少女に、カナンは顔を近づける。
「いいから目を閉じろ」
言われる通り、少女は目を閉じた。その、ほんのり開いた唇は白い雪の上に散る赤い血の色に見えた。生まれたばかりだと言うのに、恐ろしく艶やかだった。いや、唇ばかりではない。少し膨らんだ胸も、柔らかく弧を描く腰のラインも、既に男を受け入れるには十分のように思えた。
ごくりと生唾を飲み込んで、カナンは少女に唇を重ねた。
「…ん…」
開いた唇から舌をねじ込むと、少女はカナンに習うように舌を絡ませてきた。生まれたままの少女は、本能に忠実だった。
深く口付けて顔を離すと、少女は潤んだままの瞳をカナンに向けてきた。
もう、手に入ったと思った。
「名前をつけてやるよ」
カナンは少女を木の根元に座らせると、優しく頬を撫でる。
「お前の名前はフィオーラ…」
「フィ…?」
舌っ足らずに返す少女――フィオーラにカナンはもう一度口付ける。
「今から気持ち良いことをしてやるから、俺の言う通りにするんだぞ?」
「うんっ」
にっこり笑顔を向けて、フィオーラはカナンにぎゅっと抱き着いた。