夜の街 蝶の舞
T-1
夜の闇の中では、街は暗黒街に変わる。
その闇の中で、警察さえも手をこまねいているのは、スラム街よりも、むしろ、高級住宅区の中でも一際目立つ屋敷に住む男だった。
ダークはその門の前に立って煙草の煙を吐き、まだ一口目だと言うのに、惜し気もなく足元に落とした。
「おい、ボスのお宅の門前だぞ」
厳つい顔の男がダークの肩を叩く。それをちらりと見やる目は、夜目に光る金の色だった。睨むその瞳の光に、どこか畏れすら感じずにはいられず、男は目を逸らす。
ダークが隣り合う同業者組織へ単身で乗り込み、その首領の首を取ったのはつい昨夜のことだ。
ぐずぐずと甘い駆け引きを繰り返していた相手に、本部から早くカタをつけろと再三の催促があった矢先の事だった。実際は馴れ合いと力関係の不具合もあり、のらりくらりと相手をかわしていたのだが、この気の短いダークは街の片隅で起こった小さな諍いを理由に、頭の首まで取り上げてしまった。さすがに場慣れしていたこの男であっても、その気迫には押されると言うものだろう。
そのダークの行為は、あっと言う間にボスの耳に届いた。
そして、この三下の小僧とまみえたいと、屋敷にまで呼んだのだった。
「おっせぇな。いつまで待たせやがんだ」
ダークは舌打ちする。今にも帰りそうな風情のダークに声をかけようかどうしようか迷っている所へ、案内の者が姿を現した。ホッ胸を撫で下ろしたのは当然のことだった。
マフィアの支部長とは言っても、全国区の組織のうち東部一体を締める巨大組織である。その金の流れの多さはそこそこの大企業に匹敵する。
バルドーがそのトップはその座について十年余りになる。左目の眼帯はその昔、抗争で負った名誉の跡だと聞いた。
「話は聞いている。君がダークか」
バルドーはくつろいだ姿のままではあるが、しかし抜け目ない目付きで目の前に立った若者を値踏みした。
たった一人で別のマフィアグループを殲滅したのが一目で伺える偉丈夫な男だと思った。また、袖から覗く腕は素早い身のこなしを想像させるには十分だった。
バルドーの問いかけにダークはペコリと頭を下げただけで、ぶっきらぼうだった。その様子にバルドーは苦笑すら浮かべる。
「知らなかったよ。君のような若者がいることなど」
「はい。こいつは組織の末端の情報屋の使い走りで、さして目立つことはなかったんですが」
代わりに答えたのはダークの案内をしてきた男だった。幹部の一人だとダークは認識していた。
「余程気に食わねぇことでもあったのか、本当に一人でやっちまいやがって」
「ほぉ」
しかし当のダークは興味無さそうにそっぽを向いていた。と、その目の端に金色をしたものが舞ったように見えた。こんな夜に蝶かと思って見やると、目が合った。
くるんとした瞳でじっとダークを見ていたのは蝶などではなく、人間の少女で、ダークと目が合うと慌てて顔を隠してしまった。
「アリス」
その様子が目についたのか、バルドーが名を呼んだ。名を呼ばれると、少女は隠れていたドアの向こうから恥ずかしそうに顔を出した。
「ごめんなさい、パパ。お話の邪魔をするつもりはなかったの。でも、あの、そろそろ御夕食になさっては?」
俯き、上目使いにそう言う声は鈴を転がしたようだった。また、ちらりとダークを見やって、目が合うと頬を染めて、俯く。その様子は、始めて会った男に人見知りするようで、気になって仕方がないと言う恥ずかしがり屋な少女そのものだった。
「そうだな。ダーク、君も一緒に食べていきたまえ」
言って、バルドーは立ち上がった。
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