美少女と野獣
W-4
ふと、業火の中でアリスがクスリと笑った。
「どうした?」
「私ね、そう言えば貴方の名前、知らなかったと思って」
アリスは野獣の上で、その獣毛の中に頬を埋めてみせる。
「こんなにお互いを知り合っているのに、おかしいよね?」
そのアリスの背を撫でるのは、まだ動く左手。
「ダークだ」
「え?」
アリスはキョトンとして、そう名乗った野獣を見上げる。意外にも、人間の名だったから。
「俺の名はダークだ、アリス」
「ダーク…」
アリスは呟いて、にっこりほほ笑む。
「もう何年もその名を呼んでくれる者はいなかった」
アリスはそう言う野獣――ダークの首に抱き着く。
「じゃあ、好きなだけ呼んであげるよ。ダークさん、ダークさん、ダークさんっ、愛してるっ」
ぎゅっと、ダークに抱きついた。
途端。
ダークの身体が炎を発し始めた。
「きゃっ」
その炎に弾き飛ばされたアリスは慌てて振り返る。そこにあったダークの姿は立ちのぼる炎に包まれ、悶え苦しんでいた。
「ぐわあああああ…っ!」
アリスはその姿が恐ろしく、狂気すら感じ、夢中でダークに縋り付こうとするが、炎の風がアリスを寄せ付けなかった。
「いやああっ、ダークさんっ!」
アリスはどうすることもできず、イヤイヤと首を振り、その炎を見つめた。アリスの目の前、殊の外大きな炎がダークの身体から吹き上かった。
「きゃっ」
アリスはその炎に吹き飛ばされそうになるのを身を屈めて踏みとどまった。が、さすがに目は開けていられなくて、一瞬だけ瞼を閉じたその直後。
炎が消え、アリスの目に飛び込んできたのは、精悍な一人の男だった。
身の丈は獣と同じ程もあろうか、しかし、立派な人間の男だった。その男がゆっくりアリスに近付いてきた。
「アリス…」
鋭い色をした漆黒の瞳は、まさしくダークのものだった。
「ダーク…さん…なの?」
恐る恐る聞くと、ダークはニヤリと笑った。
「ああ」
差し出されるその手を取って、アリスはそのままダークに抱きついた。
ダークの肩の傷は、いつの間にかすっかり癒えていた。足元に流れていた血は跡形もなかった。それよりも、今まで炎に包まれていた屋敷から炎の影が一切消え失せていたのだった。
そして、炎に包まれる前には暗く不気味な様相を呈していた屋敷内も、大理石を敷き詰め、毛足の長い絨毯を敷いた、大きな城のように変わっていた。
まるで魔法のようだった。そう思ったアリスの心を読んだかのように、ダークが言う。
「ようやく魔法が解けたみたいだ。アリス、お前のお陰だ」
「え?」
キョトンとしてアリスはダークを見上げる。そのアリスを抱き締めて。
「いいんだよ、何も知らなくて。お前の愛が俺を救ってくれた。それだけだ」
そう言ったダークの腕の中で、アリスは幸せそうにほほ笑んだ。
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