大通りに面した威圧的な白い建築物――セントラル音楽ホール。毎夜ここで演奏会やら演劇が行われ、奇麗に着飾った上流階級やお金持ちがやって来ると言う。最近は新進のオペラが上演され、話題を呼んでいた。
劇場の入り口の頭上に掲げられた大きな看板に描かれているのは、先程ベルの所で見たチラシと同じ絵柄だった。目に付くのは赤い石を飾ったブローチ。あれが求める四つめの賢者の石。
手に入れるには、まず上演中にこの中に入っていなければならない。でも、どうやって中へ入ると言うのだろうか。入り口はチケットがなければ入れてくれないだろうし、チケットなんて買えるお金なんてなかった。他にどこか通用口でもないだろうかと、セティアは横の路地へ入ろうとした。
その時、背後から声をかけられた。
「オペラが見たいのか?」
声のした方を振り返ると、そこに見慣れない男が立っていた。黒いスーツで丸い身体を包んで、ステッキをして持った小太りな紳士だった。彼はセティアににっこりと笑顔を浮かべて近づいてきた。
「君のような娘にはチケットなど到底、手に入らないだろうがな」
言いながら、それとなくセティアの肩に手をかける。
「ここにチケットがあるが、私と一緒に観ないかね?」
男が懐にちらつかせるのは、オペラのチケットだった。セティアの田舎娘風の格好から、その身分を推測して近づいてきたのだろう。
「なに、オペラの後、少し私に付き合ってくれさえすればいい」
男の腕がセティアの肩から背中に回され、引き寄せられる。大通りで何をするのかと思って周囲を見回すが、通行人は誰も見て見ぬ振りだった。
「決して高い料金じゃないだろう?」
言いながらセティアの背を押し、そのまま路地へ引き込む。セティアはチケットが目について、迷っている間に通りから隠れた場所へ連れて行かれた。
「それ、ホントにくれるの?」
セティアが男を見上げて聞くと、彼は笑みを崩すことなく答える。
「ああ」
セティアは手を出しかけて、男にその手を取られる。そのまま路地の壁に身体を押し付けられた。
「今は渡せないな」
男の笑顔の中の目が光って見えた。ゾクリとする。こんな光はこれまで何度も見たことがある、ある種特有の色だった。
「約束の印だ…」
言って男の手がセティアの胸元から忍び込んできた。
「あ…」
指先がその感じやすい場所に触れた途端、思わず声が上がる。慌てて口を塞いで顔を背けるセティアの耳元で囁く声。
「いつもはいくらで買えるんだ?」