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テニプリ
忍足+跡部


(全国大会氷帝戦後)

泣いたら許されるとでも思っているのか。

泣いたらその負けが無かった事にでもなるというのか。


耳元で囁かれたように鼓膜が疼いた。

『なぁお前、本当にそう思っているのか?』

どうしようもなくゆらめく。

誰かから言われたわけでもないのに、消えてくれない。

その言葉はねっとりと耳をつたい、脳を犯し、体を麻痺させようとする。


身に覚えのない恐怖。


見えないものを怖がる自分を、負けた自分を、他の誰でもなく、自分自身が許してくれない。

負けるという事の重みも、苦しみも初めて味わった。

黒くて、腐りきっていて、それでいて足元から絡めとられていく。

どうしようもない不安と焦り。

許せぬ自身の無力感。

すべてが自分の身体にまとわりついてくる。



やめろ、もう考えるな、逃げろ。

自分の声が脳内に響いた。

理性が心を守ろうとしているかのように音を鳴らす。

心が壊れるぞ、もう戻れなくなるぞ。

繰り返しそう響く。





「跡部…、大丈夫なん?」

身体の外側で、自分を呼ぶ声が聞こえた。

自分を心配する声が、俺の心を絞める。

「跡部、お前なんか変やで。大丈夫なんか」

他意のない美しい言葉さえ、俺を痛めつけようとしてくる。





昨晩、吐いた。

吐いたといっても、胃の中には何も入っていなかったけれど。

胃液が喉を通り、酸味が口いっぱいに広がった。







吐いた。



頭は石で殴られたように痛んでいた。

多分、理由はひとつだけなのだろう。



「大丈夫だ」

忍足の前で軽く腕を振って見せた。

ためらいがちに、その腕を忍足が掴む。


「跡部、そないあの一年に負けたんが悔しかったん?」

耳を疑う。




悔しい?



そうだよ、悔しくて悔しくて俺は昨晩泣いたんだ。


だけどお前に何がわかる。

勝ち続けなければならなかった俺の気持ちが、お前にわかるっていうのか?


ふざけるなよ。

人の気持ちを理解するっていう事は、世界で一番難しくて、歯痒くて、失礼な事なんだよ。



「うるせぇんだよ」

掴まれている左腕がだんだんと痺れてきた。

「離せ」

だからそう口にした。






「あんなぁ……、お前この氷帝テニス部の部長やろ!?
しっかりせぇやっ!!」


空気が揺れる。


突然口調を荒げて叫ばれた。

ポーカーフェイスを気取ってるくせに、今の忍足の顔はそれには程遠かった。


叫ばれたからだろうか、心臓の音がやけにうるさい。

「お前に何がわかる」


気がつけばそう弱々しく呟いていた。

忍足の目がゆっくりと細まる。


「わかるわけないやろ」

そう言うと忍足はゆっくりと手を離した。




いつの間にか泣いていた。

こみ上げてくる涙と吐き気。


ふと、身体に溜まった感情を吐いてみようかと思った。


こいつなら、もしかしたら。





END



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