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長編
それぞれの告白〜それでも一緒に居たい〜
情けねぇ…。
感情を吐き出したのは、いつぶりだろうか。
危うく、十代目の前で大泣きするところだった。
恥ずかしい。
右腕になろうともいう男が、こんなことで部屋に閉じこもるなんて。
思い出せば思い出すほど自分が情けなくて、アイツを巻き込んだ後悔が涙と共に溢れ出る、のが悔しい。
朝から部屋着に着替えもせず、ずっと部屋の隅のベッドに座っている。
ブレザーの袖も湿りきっていて、気持ち悪い。
でも部屋は静かで、落ち着く。
だけどそれが悲しみというかそういう感情を一層引き立てる時もあって、一人なだけあって感情をセーブする事も涙を堪えることもできない。
もしここに誰か居たら、絶対そんな弱い所を見せないのに。
ぎゅっ と自分を抱きしめるように膝を抱える。

ピンポーン…

誰かが来た。
でも、動きたくないから無視しようと膝に顔を埋めた。

ピンポーンピンポーンピンポーン…

エンドレスに部屋に響くインターホンにさすがにイライラしてきたが、こんな顔を見せるのも嫌だと思って堪えた。
「獄寺ー。いるんでしょ?」
その声に、ビクリと身体が反応した。
「話あるんだ。」
よりによって、考え事の中心人物が来るなんて。これじゃあ、余計出られないだろ…。
「お願い…っ。獄寺…。」
だんだん山本の声が切実なものになってきて、無視しようとした心に罪悪感が宿った。
(オレは、絶対に扉を開けない。)
ゆっくり足と手をほどいた。
(絶対に、開けない。)
ベッドを少し軋ませて、立ち上がった。
(こんな顔…見られたくない。)
足音を潜ませて玄関に近付いた。
(だけど…。)
震える手で、ドアに手を伸ばす。
ガチャン と鍵を開ける音が異様に部屋に響く。触っていた手を通じて、身体にも響いた。
オレは、鍵を開けただけだ。
扉は、開けない。
じっと扉を見つめていると、しびれを切らしたのか、ゆっくりドアノブが動く。
思わずそこから逃げ出そうかと思ったけど、足が思う様に動かなかった。
走って来たからか、少し息が上がっていた。
だけど、山本の纏う雰囲気がいつもと違う。
「何だよ話って。」と言おうとしたが、朝から声を出していないことに気付いた。
自分が今どんな声をしているのか分からない。
震えているのかもしれない。掠れているのかもしれない。裏返っているのかもしれない。
怖い。
自分の感情に気付かれることが。自分の声を通じて。
だから、いつもと違う山本を睨み上げることしかできなかった。
「急に悪ぃ…。」
もしかしたら、十代目が何かおっしゃったのかもしれない。
そうだったとしたら、すごく恥ずかしい。
「どうしても、伝えなきゃいけないことがあって…。」
ドアが完全に閉まって、二人きりの密室が完成した。
オレはそこでこんな所で立ち止まっていることに気付いた。
山本の主旨に納得したような表情をなんとなく浮かべ、オレは部屋の奥に入る。
「おじゃましまーす。」
といつもより僅かに低くて真面目な声が、嫌な予感を掻き立てる。
静かにベッドに腰掛け、山本は面と向かい合わないような位置に胡坐をかいた。
「何から話していいか分かんないんだけど、さ…。」
本当に山本は困った顔をして視線を逸らした。
「…ヤバい。本当に何から言ったらいいか、わかんねー。」
笑いもせず、本気で分からないといった間抜けな顔をこっちに向けてきた。
思わず心臓が反応する。
指折りで言いたい事を数えながらオレの目の前で話す順序立てをしている。
おおかた、(言いたい事ができたからとりあえず獄寺のとこ行かなきゃ!)といってそのまま考えもせずに飛び出してきたのだろう。
情けないというか、バカというか。
でも、そう考えるだけでなんだか笑えてきて心が少し軽くなった。
やがて考えがまとまったのか、オレに向き直して目をじっと見つめてきた。
ふっ と真剣な表情から、急に申し訳ないような表情に変わった。
「獄寺…ゴメン。」
一体何について謝っているのだろう、と不思議に思いながらオレは目を丸くした。
「オレ、どうしたらいいか分かんなくてさ…。」
主旨が見えてこない。オレはますます眉間に皺を寄せる。
「ただ単に、ツナとか獄寺と一緒に居るのが楽しくて、ずっと一緒に居たいだけだったんだ。」
ようやく理解した。
これはきっと、朝オレが言ったことについての話をしているんだ。
「だから、みんなと一緒に居る事とかに後悔はしてない。」
オレは山本の言葉に相槌も打てず、そのまま聞いていた。
「未来で…親父が死んでたのも、オレのせいだって思ってはいるけど…。」
目を伏せた山本は、同時に声も尻すぼみになっていった。
「けど…それが分かったから。そうならないようにすればいいって、分かったから。」
まるでオレに決意表明をしているかのように、山本はまっすぐオレを見る。
「もう、誰も巻き込まないように…オレも獄寺もツナもみんな傷つけられなくていいように、強くなるから!」
その言葉に、オレは胸を打たれたような衝撃を受けた。
「だから、あんな悲しいこと言わないでよ!あんな…自分と居たからダメなんだって言うみたいな…。」
自分の言葉を優しく包んでくれるような決意にどう対応していいか分からず、オレは無意識に首元に手をやる。
「そんなこと言わないで!ずっと一緒に居させて!!強くなるから!絶対!!」
真っ直ぐな眼が、オレの固まった心を解きほぐす。
「強くなる。」
返事に困る。
「だから…」
唇が震える。
「だから、そんな顔しないで。」
呼吸を上手く操れない。
「泣かないで…。」
直後、山本の優しくて辛そうな顔の輪郭がじわりとぼやけた。
ベッドに座るオレを、心配そうに見上げる。
その顔を見てるだけで、「それでもオレはコイツを巻き込みたくない」と思ってしまう。
オレはそれを示すように、首を横に振る。
「じゃあ、一つだけ聞かせて…。」
山本の切なげな声が、胸を強く締め付ける。
「“イヤ”なの?“ダメ”なの?」
類義語のような対義語の二択が迫られた。
オレが山本のことを嫌いだから首を振ったというのが、『イヤ』。
感情ではなく山本の事を考えて首を振ったというのが、『ダメ』。
『イヤ』と言えば、ここで全てが終わる。きっと目を合わせるのも辛くなるだろう。
『ダメ』と言えば、突き放す機会が永久に無くなる。きっと何を言っても一緒に居るだろう。
どっちを選んでも、不幸しか訪れない。
「ごくでら…。」
だったらオレは、どっちを選べばいいんだ…?
ずっと一緒に居たいがために『ダメ』を選び、山本を更に闇の深淵まで引きずり込むのか。
山本を闇から解き放きたいために『イヤ』を選び、自分の感情を捨てるのか。
『強くなるから!』
力強い山本の言葉を信じるなら『ダメ』。
限界を見据えて突き放すのなら『イヤ』。
オレは初めて自分の優柔不断さを怨んだ。
「ごくでら…。」
自分の名前を呼ぶ山本の声が、切ない。
「…んだよ…。」
声が震えてた。掠れてた。二文字目で裏返った。
「え?」
「わかんねぇ…んだよ…っ。」
振り絞る様に出した声が、言葉が、拙い。
「オレは…っ、お前が辛そうな姿を見る…十代目を見たくねぇんだよ…。」
「うん…。」
山本の悲しい返事なんて知らない。
「でもそれ以上に…っ!お前が痛々しい姿で、笑ってるのが…嫌なんだよ…っ!」
「うん…。」
堰を切ったように、感情が溢れだした。
「それでも…!いつもオレらを支えてるのはお前の力だってのも…っ。」
「え…?」
「だけど…っ!そんなのダメだなんて分かってんのに…っ!!」
「ごくでら…。」
「それでも…!どこかでお前が居なきゃ嫌だって思ってて…!!」
「ごく、でら…?」
「でも…でも…っ。」
呼吸が乱れて、それ以上言葉が続かなかった。
「獄寺…っ!」
山本は、オレの肩を強く掴んだ。
そして辛そうな笑みを浮かべて、「もういいよ」と言った。
浅い呼吸が山本に当たりそうなほど、近かった。
「オレも、獄寺が苦しんでる姿なんて見たくない。」
速い鼓動が、妙な緊張感を生む。
「一つだけ…頼みたい事があるんだ…。」
熱い呼吸を吐いていた口を、ぎゅっと結んだ。
するとそれに呼応するように、オレの肩を掴む山本の手に強く力が加わった。
「オレ…獄寺が好きだ。だから、一緒に居させて…っ!」
肩を掴んだまま山本は頭を下げた。
オレの脳内を、空白が埋め尽くした。
でも直後に、我に返る。
涙と一緒に、オレの心の奥の本当の感情が喉にせり上がり、堪えられなくなった。
「オレも、一緒に居たい…っ!お前が好きだ…っ。」
驚いた表情をした山本が、オレの言葉を理解して本当に嬉しそうな顔をした。
溜めていた気持ちを吐き出したからか、オレ自身、心が少し軽くなったような気がする。
「ありがと…。」
オレの首に腕を回した山本は、掠れた声でそう言った。
この時、辛さよりも嬉しさが勝り、涙が止まった。
すっ と山本の背中に手を回した。
なんだかやっと、報われた気がした。


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あきゅろす。
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