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長編
ごめんね、と謝れるこの距離が遠い
暫くして、足が疲れたから立ち止った。
ハァハァと上がった息を整えようと、速くなった鼓動を鎮めようと、近くの壁にもたれかかる。
適当な町内図を見て、ここがまだ並盛町内であることを認識した。
だとするとそこまで長い距離は走っていない。
すぐに帰ろうかとも思ったが、あんなことを言っておいて、今更山本にどう顔向けしていいのか分からなかった。
『静電気が嫌なら、オレに近づくんじゃねーよ。』
それはきっと山本にとって静電気より強固な拒絶だったのかもしれない、という自惚れ。
大したセリフじゃねぇか。
拒絶してほしくないとあれだけ願っていたくせに、自分から山本を拒絶して。
たかが静電気だとかけてくれた声を、感情任せに無視して。
挙句あの場から逃げだすなんて。
オレは本当に弱虫だ、と思った。

そのあとにあの場に戻るのもなんか恥ずかしくて、オレは家に帰った。
バタン、と玄関のドアが閉まった途端、何かを思い出したかのようにじわりと目頭が熱くなる。
まるで後悔が滲み出ているかのように。
ポロポロと何もしていないのに涙が出た。
外気で冷たくなった頬を、熱い涙が伝う。
その部分だけ溶かされたように。
徐々に顔全体が熱くなってきて、ブレザーだけでは涙がぬぐいきれなくなり、オレはフラフラとベッドへ向かって歩く。
オレはベッドに着くなり、ペタンと座り込んだ。
(ごめん・・・山本・・・ごめん。本当に・・・)
後悔の言葉だけが脳内に響く。
けれど口に出す勇気は無くて、その代わりに口の中に熱さだけがこもる。
何もできない。
その事実だけが、オレの無力さを物語る。
こんなに人に謝ったのなんて初めてで、まして涙を流しながらなんて人生初だ。
拭っても拭っても涙が溢れ、まるで拭えば拭うほど溢れてくるようだった。
どうすれば、涙は止まるのだろう・・・?
それすらも知らない。
混乱だけが自分の無知さを証明する。
じわりと布団の上に零した涙が室温で冷えていくのを感じた。
それが更に自分の手を冷たくする。
落ち着け、落ち着け、と頭の中で連呼するが、それが落ち着いてないんだという結論に至る。
もう何も触りたくない。
拒絶されたくないから。
せっかく、心を開ける人を見つけたのに。
オレにそんな感情を持つなという戒めなんだろうか。
腹が減り過ぎて胃がキリキリと痛み始めるけど、その前に立ちはだかるドアが行かせてくれない。
別に無生物なのだから意思なんて無いんだけど、今朝の静電気といい、昨晩の静電気といい、オレをこの部屋に閉じ込めるように静電気を起こす。


一体何時間くらい経ったのだろう?
気付けば陽が傾き始めていた。
ようやく涙が落ち着いて、あとは顔の熱が引くのを待つだけだった。
そんな状態が一番眠く感じて、これが泣き疲れというやつかと思う。
ふいに、山本と帰った昨日のことを思い出した。
明るい夕日を見つめ、ぼーっとしていた。
でも、頭の片隅では腹が減ったという事実と、山本に謝りたいという感情が交互に重なっていく。
だけどそれはあの扉を開けない限り無理な事だから、急に億劫になってきて、それでも山本に会いたいという気持ちが新たに芽生えて。
山本が来てくれないかななんて夢を抱いては、それは無いと自分を鼻で笑う。
そんなの無意味だなんて、分かっているのに。
なんて考えていたらまた涙が浮かんできて、慌てて首を振った。

ピンポーン・・・

と急にインターホンが鳴った。
そういえばこの間週刊宇宙雑誌の懸賞とか送ったっけ、とくだらないことを思い出しながら玄関に向かった。
でもやっぱりドアの前でピタリと手が止まった。
また、静電気が来るんじゃないか。
また、あの拒絶が待っているんじゃないか。
また、オレを突き放そうとしているんじゃないか。
そんなことばかりが頭の中を駆け巡った。
「ごくでらー。居るんでしょ?」
聞こえたのは、山本の声。
あのくだらない幻想が、何の因果か叶ってしまった。
とっさに出す声が見当たらなくて、焦った。
でも自分から扉を開けるのは嫌だから、扉から少し離れて、
「鍵開いてるから、勝手に入れ。」
と言った。
鼻声じゃなかったかな、とちょっと不安になった。
「おじゃましまーす・・・。」
山本は恐る恐るドアを開けた。
そしてゆっくりとドアを閉めた。
「何か用か?」
・・・ちがう。
本当は用事があるのはオレの方なのに。
なぜかそれを口にする勇気が無くて、とことんヘタレだと自分を卑下する。
「じゃーん!葛湯の元持ってきた!」
山本が言ってることは理解したけど、行動が理解できなかった。
そんなことの為にわざわざ来てくれたのか、と思ったのだ。
自分が思いついた言葉が文法的におかしいなんて分かってる。
でも実際そんな感じなのだ。
行動をくだらないと思っても、それが嬉しくて感謝している。
「なので上がっていいですか。」
と山本はバカみたいな声でそう言った。
でもそのノリで返すのもなんか恥ずかしくて、ご自由に、と冷たく言った。
違うだろ?
オレは一体何のためにこの数時間を泣いて過ごしたんだ。
どうしてオレは後悔から何も得ようとしないんだ。
なぜ、オレはこんなに何もできないんだ。
どうしようもなく、悔しくて、そして悲しかった。
「ごくでら、ちょっと待っててな。」
山本はそんなオレに優しく声をかけてくれた。
朝のこともきっとまだ覚えているだろうに。
あんなにオレが拒絶したのに。
それでも、こんなオレに優しくしてくれることが嬉しくて、一度は引っ込んだ涙が再び滲んだ。
けど山本の前で泣くのなんてなんか癪で、慌てて首を振った。
やかんが熱せられる音をお互い無言で聞きながら、何も話せずにいた。
少し経つと、水が沸騰した音が聞こえ、そして火が止められた。
コポコポとマグカップにお湯が注がれる音がして、その中身をカチャカチャとかき混ぜる音が聞こえて、なんだか心が軽くなったような気がした。
「できたよー。」
山本は明るい声でそう言うと、慎重にそれをオレの元へ運んできた。
どうぞ、とオレに直接触れないように山本はテーブルにカップを置いた。
それは山本なりの配慮だったんだろうけど、それが逆にズキン、と胸の奥が痛んでしまう結果となってしまった。
「飲んでいいよ?」
カップを目の前にしても、動作を起こさないオレにしびれを切らしたのか、オレが遠慮してると思ったのか、山本はそんな事を言った。
山本は、いったいどれだけオレに持ってない物を持ってるんだろうか。
あれだけ拒絶したのにオレのことを気遣ってくれる優しさ、そんなオレに好きな葛湯を作ってくれる心の広さ。
そしてあんなことをしたオレに近づいてきてくれる、強さ。
本当にオレはどれも持っていなくて、気付けば山本の優しさに甘えてて、それが悔しい反面、そこが好きなんだと改めて気付く。
オレも、一歩踏み出そうかな。
そう思った。
でないと、ここまでしてくれた山本に、今後一生顔向けできない。
こんな弱いオレが、十代目の右腕になんてなれるわけがない。
だから、ちょっとだけ強くなろうと思った。
すごく小さな一歩だけど、確実な一歩。
「やまもと・・・」
「ん?」
「ごめん。今朝・・・あんなこと言って・・・。」
「え・・・?」
「オレ・・・なんか間違ってた。自分勝手で、ここまでしてくれるお前に何もできない自分が嫌で、ここまでしてくれたお前をあんな風に突き放して・・・。」
「ごくでら・・・?」
山本は、不思議そうにオレを見つめる。
他の何も目に入っていないように、真っ直ぐ。
今までそんな山本から目を逸らしていたけど、オレは初めて面と向かった。
じゃないと、山本に悪い。
「だから・・・ゴメン。オレが悪かった・・・。」
渾身の一言のつもりだった。
いくら頭が良いと言っても、自分では語彙は豊富な方だと思っていたけど、実際曖昧な感情を伝えることができない。
言葉が見当たらない。
逆に、言うべきことがたくさんあり過ぎて、うまく言えない。
それが何か悔しくて、また涙が滲む。
一度泣くとクセがつくのか、と一瞬考えた。
山本にそんな事を悟られたくなくて、オレは目を逸らしてしまった。
せっかく、目を見れたのに。
ごめん、って言えたのに。

「ねぇ、獄寺。これ知ってる?」
山本はそう言ってポケットから小さい木札の様な形の、でも全く別の素材のものを取り出した。
「?」
「これな、ドアとかに触る前に触ると、静電気が起きないってやつなんだ。まぁ100円ショップとかで普通に打ってる安物なんだけどさ。」
そのストラップが、山本の手の振動に合わせて空中で揺れる。
オレはじっくりと見てみたが、やっぱり知らなかった。
「あげる!」
そう言って山本はオレの手の中にそれをしまい込んだ。
静電気は、来なかった。
山本が前に触ってでもいたのだろうか。
「あとね、これ!」
じゃーん、と言って山本がセーターらしきものを取り出した。
「これね、静電気が起きない素材でできてんの。これもやるよ。」
山本はそれを丁寧に畳んで、オレの膝の上に乗せた。
「え、でも・・・」
そんなに貰っても返せない。と言おうとした。
「ここまでやたらさ、静電気来ないでしょ?」
「え?」
「そうすればさ、獄寺がそんなに心配しなくても、平気になるよ。きっと。」
山本は、笑っていた。
オレは、ありがとう、とも言えなかった。
急な展開に驚いているばかりだった。
「・・・余計なお世話だったかな・・・?」
オレは、途端に恥ずかしくなった。
山本はこんなにもオレのことを考えてくれていたのに、オレはさっきも今も自分のことばかりしか考えていない。
自分の答えだけが正しいと信じ切って、他人に触れようとしない、愚かな自分。
礼を言わなきゃいけないのに涙が込み上げて来て、喉の奥が熱くなって、声が出せなかった。
小さい嗚咽の様な音が、喉から出る。
「ごくでら・・・?」
オレはお前のことが好きだ、なんて言えないけど。
そこまで言う勇気は無いけど、山本の前で涙を流せるくらいには、山本に心を許せてたんだ、と思った。
今度こそ本当に部屋に響くくらいの嗚咽が、喉から出た。
山本はそんなオレを見てぎょっとしていた。
「え、オレ・・・なんかしたか?!」
と山本は間抜けな顔をしてあたふたしていた。
その様子がなんか面白くて、泣きながら笑った。
楽しいのに、面白いのに、何故か涙は止まらなかった。
そのうち、咳き込むような笑い声が泣き声に変わっていて、抑えようとしても止められなかった。
「ごめ・・・山本。ありがと・・・。」
オレは、徐々にこれが嬉し泣きなのかな、と気付き始めた。
山本はそんなオレを見て、ホッとしたような、嬉しいような、そんな笑顔を浮かべた。
けれどもその姿は涙で滲んでよく見えなかった。
不思議と涙が止まらなくて、それでもポンポンと頭を撫でてくれる山本の手が優しくて、更に涙が零れる。
でもその手を拒否なんて絶対にできなくて、受け入れたくなってしまっている。
けど、山本をこれ以上引き込んでしまいたくないという感情がそれをせき止める。
それでも、今だけは言える。素直に。
「すげー、うれしいよ・・・。」
「うん、ありがとな。」
バカだな、山本。
それは、こっちのセリフだっつーの。


数時間が経ち、すっかり陽も暮れて街灯で窓の付近だけが明るくなった頃、オレの涙はやっと止まった。
まだ顔の熱は多少残っているけど。
やっと落ち着いて整理ができたオレの感情は、ただ一つのことだけを思っていた。
山本が好きだ、と。
でも、オレにはそんな勇気は無いから、言えない。
多分、一生言えないかもしれない。
けど、ちょっとだけそんな気があるんじゃないか、みたいな行動は取ったって良いだろう。
「はらへった。」
そんな、甘えの言葉。
自分で用意なんてできるけど、山本に返せないくらいの恩に積み重なってしまうかもしれないけど、いずれ返すさ、と気楽に思ってしまってる自分が居る。
「ハハハ、オレも。何か買いに行こうぜ。」
「朝からなんも食ってねぇんだよ。」
「あー、なんか朝交差点でバタバタしてたもんなー。」
「まーな。」
適当な会話を交わしながら、オレらは外に出た。
直後にビュウッと強い北風が吹く。
「うあぁ・・・寒ぃい・・・」
そういえばさっき部屋でワイシャツ一枚になったんだっけか。
山本が寒いと言っていたから暖房を点けて、それで泣いてたせいもありオレも暑くなっていた。
かといって今部屋に戻るのも面倒だ。
「ほら、さっさと前行けよ、風避け。」
「まじかよ。」
オレはそう言って山本の背中を押した。
いつもなら「獄寺手ぇ冷たい」とか言われるけど、今日はさっきまで暖房に当たってたせいかそんなことはなかった。
山本のパーカーの感触が気持ちよくて、山本の体温までは感じなかったけど、なんとなく嬉しかった。
それに本当に風避けになってるあたり、面白いと思う。
なんとなく山本の後ろだけ気温が上がってる気がした。
ただ風が少ないから体感温度が高いだけかもしれないけど。
それに加えて、顔が熱いのはきっと、風避けで体感温度のせいだけではない、と思ってる。
広い背中がたくましくて、寄りかかりたいとか思った。
少し経って、オレは山本の隣に立った。
ちょっと見上げるくらいの身長がムカつくけど、丁度頭の位置にある肩に頭を乗せたいな、とかは思う。
コンビニに着いて、バラバラに食べたいものを探していた。
ぐるぐると探してもあまり食べたいものが見当たらないから、仕方なくなるべく安い物を選んだ。
弁当コーナーで山本が突っ立っていたので、オレは「ん。」とカゴを差し出した。
山本は不思議そうな顔でオレを見た。
「奢るから、食いたいもん入れろ。」
「えっ、いいの?」
「借り作ってばっかは、性にあわねーんだよ。」
「そっか。ありがとな。」
そう言って山本が笑うもんだから、不覚にもドキッとしてしまった。
生理反応で、顔が熱くなってくる。
でもまだカゴに何も入れてない山本を置き去りにはできなくて、だから自分の真っ赤な顔を山本に晒すハメになってしまった。
それが恥ずかしくてまた顔が赤くなる。
「は、早くしろよ。さみーんだから。」
山本はそんなオレを見て、にっこりと笑っていた。
「えー、もうちょっと選ばせてよー。」
「じゃあオレ向こう行くからな!」
「獄寺も一緒にいてよー。」
そんな山本の言葉が、妙に嬉しくて更に鼓動が速くなる。
オレと山本の肘が触れるか触れないかの微妙な距離。
さっきの山本の笑顔と今の行動が、オレと同じ感情が原因なのではないかと自惚れる。
この距離が許される関係。
この距離を許せる感情。
静電気が届くくらいの、短い距離。
でもきっと永遠に変わらない、この距離。
オレが今、願う事は、一つだけ。
山本の弁当選びが、このまま一秒でも長くありますように。




9月上旬に、学校で椅子を引こうとしたら急に静電気がきたので「あぁもうそんな時期か」と思って書いた長編です。
本来はここまで長くするつもりはなかったんですが、思ったより展開が進まなくて、ずるずるグダグダと。
あんなに静電気が発生する獄寺の体内ってどうなってるんだろう・・・?
本当にこういう傾向が多いのは、困りものですね。

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