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長編
静電気が教えてくれた温かさ
バチッ・・・

ピリッと痛むくらいの電気が、指先を刺激する。
あぁ、もうそんな季節か・・・としみじみ思う。
そういえば最近やけに朝が冷えるな、と感じるし、夕方もまだ6時なのにほとんど日が沈んでいる。
そんな季節の変わり目に無常を感じるのはオレだけだろうか。



日を追うごとに、クラスにも通学路にも、セーターやらカーディガンを着ている人が増えていく。
周囲も、秋の訪れを文字通り肌で感じているのだろう。
それらを脱ぎ着していると発生する静電気が、更に秋の深さを物語る。
イタリアの割と温暖な気候で育ったもんだから、並盛では寒がりという体質になってしまった。
そのため、人よりも多く脱ぎ着をする。
だから自然と静電気が起きやすくなってしまう。
・・・のが、最近の悩みだ。



ある日の放課後、十代目の補習を山本と一緒に待っていた。
別に特別な理由なんてない。
ただ、十代目と山本の仲が良く、いつも登下校が一緒になるくらいだ。
「獄寺ってよくこんなに着ていられるよなぁ。暑くね?」
と、山本が不意に話しかけてきた。

バチッ・・・

山本がオレに触れようとした瞬間、それを拒むように小さい静電気が走った。
幸い、衣服の上での現象だったので、オレに被害はなかった。
「ったぁ〜・・・。静電気かよ・・・。」
山本は苦笑いしながらそう言った。
「ふん、オレに触ろうろするからこうなるんだよ。」
オレは山本を突き放すように言った。
別にオレ自身が山本を拒んでいるわけではないのに、静電気が勝手に山本を拒む。
それになぜか胸がチクリと痛む。
弱い静電気ほどの、ちいさな痛みだったけど。
「あっ、山本!獄寺くん!お待たせっ。ゴメンね、遅くなって。」
と、十代目が少し息を切らせながらおっしゃった。
「いえいえ、大丈夫です。」
「本当にゴメンね。じゃあ、帰ろうか。」
オレたち3人は、夕闇が訪れる並盛を歩いて帰った。

別に内容は覚えてないし、覚えるほどの内容ではなかったので、何の脈絡かは分からなかったけど、たまたま静電気の話になった。
「そういえばさ、さっき獄寺に触ろうとしたら静電気きてさ、ビックリしたぜ。」
「あー・・・もうそんな季節かぁ。」
「なんか、俳句の季語に『静電気』って入れてほしいよな」
「静電気なんて、冬にもあんだろ。」
「あ、そっか。」
「嫌だよね、静電気。ビックリするし、ちょっと痛いし・・・」
「あ、分かる!あの微妙な痛さが嫌なんだよな!」
静電気にわがまま言うなよ、と思いながら、自分の冷たい手をそっと擦った。

もうすぐ、十代目のお宅だな。

いつも通り十代目と別れ、再び山本と二人きりになってしまった。
その寂しさというか静けさが、余計に寒さを際立たせた。
少し強めの冷たい風が吹き、オレは思わず身震いをする。
「なぁ、獄寺って寒がり?」
それを見ていたのか、山本がそんなことをオレに尋ねた。
「・・・イタリアの気候が暖かかったんだよ。」
「そうなのか?だからこんな、に・・・っと。」
オレに触れようとした瞬間、山本の手が何かに気づいたようにピタリと止まった。
さっき静電気がきたのを思い出したのだろう。
頭では分かっているけど、なんだかオレ自身に触れたくないと思われた気がして、やっぱり胸の奥がズキンと痛んだ。
強めの、静電気くらいに。
「別にお前が気にすることでもねーよ。」
オレは軽く山本を突き放して、その場を凌いだ。
そうだよ、何を考えてるんだよ、オレ。
山本のことが嫌いなのなんて、前からだろ。
そんな山本に触られなくなって、願ったり叶ったりじゃないか。
胸が痛いのは、きっと罪悪感なんだ。
別に罪悪感すらも感じる必要はないんだけど・・・。


しばらくして山本と別れ、更にオレの周りから温度が失われた。
別に寂しいわけじゃないけど、寒く感じる。
まぁ、家に帰ればコーンスープなどのインスタント類はあるし、暖房もあるし、凍えることはない。

実際、家に帰ってもそれらにトラブルもなく、ぬくぬくと過ごしていた。
でもあまり使い過ぎると光熱費が大変なことになるので、なるべく消している。
だから手足が冷たいなん当たり前なんだ。




それから数日の間、山本がジロジロとオレを見てくるようになった。
その感覚が見張られているような気がして、妙に落ち着かない。


「んだよテメェ、人の顔をジロジロと!!うぜぇんだよ!!!」
ついにそれに耐えきれなくなったオレは、山本に怒鳴った。
「え・・・いや、今日も寒そうだなって・・・思って。」
山本はオレがキレたことに戸惑いつつも、途切れ途切れに心情をつぶやいた。
「関係ねーだろ!ほっとけ!!」
そのままオレは山本に背を向けた。
山本がそれからすっかり黙ってしまったので、諦めたかと思ってチラッと様子を窺った。

「うわっ!獄寺の手ぇ冷たっ!!」
すると山本が急にオレの手を握ってきた。
「わっ!本当だ!」
それを確かめるように、十代目まで握ってきた。
オレはその途端に恥ずかしくなって、顔だけが火照っていく。
その生理反応がどちらに対しての反応かも分からないまま。
でも、きっと十代目だ。
絶対、十代目だ。
十代目でなきゃ、おかしいんだ。
山本だけならいつも通りに振り払えるのだが、十代目のお手を振り払うなんてそんな恐れ多いことをできるわけがない。
だから、いつまでも二人の温かい手を振り払えずにいた。
だんだん、手が温かくなってきて、山本と十代目の手から熱が失われていくのを感じた。
それが、どちらに対しても申し訳なく感じた。
「じ、十代目・・・ありがとうございます。でもオレに触ってたら十代目のお手まで冷たくなってしまいます。オレはもう大丈夫ですよ。」
なんて言葉をかけた。
それ以外に思いつかなかったし。
十代目はゆっくりと手を離した。
「わっ、本当だ!でも獄寺くんの手が少しでも温まって良かったよ。」
そのお言葉は十代目のお手よりもはるかに温かく、涙が出そうになった。
「テメェもさっさと離しやがれ。」
オレはそう言って、山本の手をブンブンと振り払おうとした。
けど、これがしつこくて離れない。
「は・な・せぇ〜!!!」
いくら言っても、いくら腕を振り回しても、一向に手を離そうとしない。
「なんなんだよテメェはっ!!!」
また、オレは怒鳴った。
一瞬、視界の横で十代目が怯まれてしまったように見えた。
だが、今最も怯ませなければならない山本が、全く怯んだ様子がない。
「オレは、いーの。暑がりだから。」
「別に誰もお前の心配なんてしてねーよ!オ・レ・が!お前に触られたくねぇんだよ!!」
「ご、獄寺くん・・・」
オレはそのまま強く山本の手を振り払った。
今度は、パッと離れた。
山本は驚いた顔をしていた。
それを見たオレの胸の奥が、痛んだ。
徐々に、痛みは増していった。
オレは、それに罪悪感を抱き、そしてそれから逃げるように走ってその場を離れた。

そうだよ、何も山本だって・・・悪気があったり、嫌がらせをするためにオレの手を握ってきたわけじゃないんだ。
オレの手が冷たいから、それが心配で――――――
・・・そんな、わけがない。
だって、いつもいつもオレは山本を突き放してるし、それを理解できないほど、アイツは馬鹿ではないだろうし、オレがアイツを嫌っていることもアイツは知っているだろう。
だから、心配なんてしなくていいんだ。
でも、さっきからずっと胸の奥が痛くて苦しい。
静電気なんかより、ずっと痛い。
そういえばさっきは、静電気が起きなかったな、と思った。


あの日から更にオレは山本と接することが気まずくなった。
にも関わらず、向こうは全く気にしていない様子で、むしろ以前よりも多く話しかけてくるようになった。
一体オレと話をしていて、何が楽しいのだろう。
挙句、「パンばっかり食べてるから寒いんだ」とか「細すぎるから寒がりなんだよ」とか口出しばっかりしてくるし。
オレにとってはウザくて仕方がない。
でも、善意を拒否するほど、オレは冷徹な人間ではないと思ってる。
だから、どうにも嫌とは言えない。
静電気で悩んでいたことが、本当にちっぽけだったと改めて思った。
でも別に静電気の悩みが消えたわけではないけども。


乾燥した並盛に、久々の雨が降った。
と言っても、夕方に降った夕立だけども。
その時がたまたま帰りと重なって、さらに何の不運か、十代目が風邪で早退なさっていたので、必然的に帰りが一人になった。
そして一体オレが何を悪いことをしたのか、傘を忘れた。
おかしい。
今週の宇宙的運勢占いでは、1位だったはずなのに・・・。
まぁ夕立だし、きっとすぐに止むだろうと教室で雨がやむのを待っていた。
「あれ?獄寺、どうしたの?」
本当にオレは、何か変なことをしただろうか。
もう最悪な状況だ。
なんでこんな時に、山本が残っているんだ・・・!?
そしてオレは明らさまなため息をついた。
「もしかして、傘無いの?」
「だったら何だよ。」
「じゃあ・・・オレの傘に入る?」
「男同士で相合傘なんてしたくねーよ。それならずぶ濡れになった方がマシだ。」
オレはそう言い残して、教室を離れた。
ごくでら、と呼ばれたのは、きっと気のせい。
一瞬だけ雨の中に入るのを躊躇った。
(相当・・・寒いんだろうな。)
でも後ろからバタバタと足音が聞こえたので、オレは逃げるように叩きつけるような土砂降りの中に入った。
その打ちつける水が、なんとなく気持ち良くて、落ち着く。
けれどやっぱりその温度は冷たくて、全身から熱が奪われていくのを感じる。
早く家に帰らないと・・・。
「ごくでらっ!待ってよ。」
オレの数メートル後ろで、山本の声が聞こえた。
慌てて走り出そうとしたけど、それはもう手遅れで、山本にがっちりと手首を掴まれた。
山本の息がわずかに上がっていて、でもそれ以上にオレの息も鼓動も上がっていた。
「こんな冷たい雨の中で帰ったら、風邪引くよ?」
「うっさい。オレのことなんだから口出しすんじゃねぇよ。」
「だって・・・ほんの数分雨を浴びただけで、こんなに冷たくなって・・・。」
山本はまるで死体の冷たさを語るように言った。
背後に居る山本の胸とオレの背中が、触れるか触れないかの、近い距離。
なんだか背中が温かいような気がして、何故か恥ずかしくなる。
「だから、オレの面倒をみる義理なんて、お前には無ぇだろ。だから、ほっとけ。」
「やだよ。獄寺居ないと、学校つまんないもん。」
「お前は野球だけやってりゃいいんだよ。野球バカなんだから。」
会話の切れ目に幾度も手を振り払おうと試みたけど、やっぱり無理で、振り払うことは諦めた。
「でも、獄寺が体調崩したらツナも困るだろ?」
「だから何だよ。体調管理くれぇ一人でできるんだよ。ガキじゃあるめぇし。」
「・・・。」
ようやく、山本が黙った。
これで、手を離して帰してくれるだろう。
パッとオレの手首から温度が消えた。
その時、山本が手を離したんだと理解した。
けど、瞬時にその失われた温度が左肩に移ったことにも気づいた。
「まぁ、とりあえずオレん家来て、何か温かいもの飲んでってよ。」
「はぁ?んなモン、オレの家にだって・・・」
「いいから、いいからっ!」
山本はそう言うと、オレの肩をぐいぐいと押してきた。
「ちょっ・・・待てって!オレは別に・・・」
「いいの、いいの!」
そのままジリジリと歩が進められ、掴まれた肩から差し込まれる山本の体温が切なくて、それもあって渋々山本の家に上がった。
山本の家は、オレの家とは180度違う世界だった。
帰ったら「おかえり、お疲れ様」と言ってくれる人が居て、それに「ただいま」と言える人が居て。
体の芯まで温まりそうな優しい室温に暖房がかけられていて。
自分が帰ってくる前に家の電気が点いていて。
何もしなくても温かいご飯が出てきて。
それが普通の家庭なのかもしれないけど、オレにとってはそれが異常に感じて、だけどどうしてか悪い気にはなれなくて、カルチャーショックというよりは一種の感動に近かった。
「親父っ!ただいま!」
「武、おかえり。あれ?獄寺くんじゃないか。どうしたんだこんなに濡れて。」
「なんか傘忘れたらしくて、途中まで傘無しで走ってたんだよ。」
「んなっ!てめぇ何勝手に・・・」
「そりゃ大変だ。武、葛湯作ってやんなよ。」
「おう、じゃあ台所使うよ。」
「だからオレのことなんて気にすんなって!」
「まぁまぁ遠慮すんなよ。親父も良いって言ってるんだし。」
「そうじゃなくて・・・」
「はいはい、獄寺はこれ羽織ってオレの部屋に行ってて!」
「な、ちょ・・・」
オレに有無を言わせずに山本はその温かい優しさを押しつけてきた。
それでもやっぱり優しさを断るなんてできなくて、それはきっと心のどこかで嬉しいとか思ってるのかもしれない。
のが、心のどこかで許せなくて、断りたかった。
なのにそれすらも山本は許してくれなくて、自分のブレザーをオレの肩にかけて、その上部屋へと連れて行った。
「ちょっと待っててな。」
山本はそう言って部屋を出て行った。
ポツン、と一人になった。
それでも自分の家とは違って、独りで居る気がしなかった。
かすかに聞こえる、誰かの会話。
静かに部屋を暖める、最新の暖房。
そして肩に残る、山本の体温。
どれもがオレには持っていないものばかりで、何のひがみも無しに素直に羨ましいと思った。
「っと・・・獄寺!お待たせ。」
別に待ってもいないけど、と心の中で言った。
山本は両手でお盆を抱えてオレの側に座った。
「ごくでらって、葛湯飲んだことある?」
オレは軽く首を横に振った。
「へへへ、じゃあ飲んでみてよ。」
山本がはい、と笑顔でオレにマグカップを差し出してきた。
オレはそれと山本の顔を交互に見て、ゆっくりマグカップに手を伸ばした。
マグカップに触れた瞬間、触れた所からじんわりと温かさが伝わってきた。
ほかほかとした湯気が顔の表面を温めた。
オレは視線だけを山本に移す。
山本はいまだに笑顔で、オレが葛湯を飲む瞬間を見ている。
それがなんとなく恥ずかしくなって、視線をマグカップに戻した。
そしてほんの少しだけ葛湯を口に入れた。
少しトロっとしていて、ちょっと熱かったけどそれが口の中で冷えていくにつれて甘さが口の中に広がった。
「・・・おいしい?」
山本が少し不安げな声でそう聞いてきた。
オレは首を今度は縦に少し揺らした。
そうしたら山本の顔がパッと明るくなって、よかったぁ、と声を出した。
かと思ったら今度は何かに気づいたように、あっ!と声を出した。
「タオル持ってくんの忘れた!」
山本は、取ってくるわ、と言って部屋を出た。
オレはその後ろ姿を茫然と見ていた。
マグカップの熱さと、肩のぬくもりと、部屋を包む温かさが、すごく切なく感じて、視界が滲んだ。
それを葛湯の熱さのせいにするために、今度はさっきよりも多くそれを口に含んだ。
やっぱりちょっと熱かったけど、甘くておいしかった。
さっきは飲んだ量が少量過ぎて感じなかったけど、葛湯の温度が体中に行き渡る感覚を味わった。
喉を通り、食道を温め、胃の中を甘さで満たす、そんな感覚。
冷え切った手が温められてしもやけに近いような、じんじんとした不快感が襲う。
けれどもそれが不思議と気持ち悪くなくて、むしろ久しいもので、心地が良かった。
トントン・・・と山本の足音が聞こえた。
「よっ、とお待たせ」
山本はまた、お待たせ、と言った。
別に、待ってなんかいないのに。
そして山本はふわっとオレの首にタオルをかけた。
そのタオルも、オレの家のとは違って、ふわふわと柔らかい感触だった。
オレはそれを片手で握って、髪の上に乗っていた滴を拭き取った。
前髪が少しボサボサになってしまったけど、それはそれで良かった。
タオルの感触と、温かいものに包まれた安心感で、涙が滲んできた。
こういうとき、本当に髪が長めで良かったと思う。
滲んだ涙を、見られずに済むから。
「早く飲んじゃわないと、冷めちゃうよ?」
そんなの、もうとっくにオレの手の温度で冷えてるよ、と思いながら再び葛湯を口に運ぶ。
やっぱりさっきよりもかなり冷めていたけど、甘さだけは変わらなくて、切なくなる。

しばらくして、山本が親父さんに呼び出された。
葛湯なんてもうとっくに無くなっているのに、温かかったマグカップを離す気にはどうもなれなくて、ずっと持っていた。
温かさに包まれていたせいか、だんだん眠くなってきて、一人でいる間、コクンコクンと無意識に首を動かしていた。
「ごくでら!」
その一声にハッと目が覚めて、体がビクっと反射的に動いた。
「お風呂沸いたけど、入る?濡れたままじゃ風邪ひくし・・・。」
山本家の優しさは、すごく嬉しくて、ホイホイと何でも受け取ってしまいそうになる。
けど、オレはあくまで他人で、独りでいるべき人間なんだと思いだした。
いや、正確には、もう十分だった。
こんなに温かい優しさに浸してもらったことに。
オレは山本の提案に、軽く首を横に振った。
風呂くらい、家でも入れるし、今ここで入ったとして、外でまた冷えるだろう。
雨はもう上がっているから、濡れる心配はないけども。
「そっか。」
山本はオレの否定をも肯定した。
「・・・帰る。いろいろ・・・さんきゅーな。」
「え、もう帰っちゃうの?」
「いや、なんか悪いから・・・」
「そんな気にしないのに。」
「オレが、気にするから。帰る。」
「分かった・・・。気をつけてな?」
オレはそのままタオルを山本に預けて、雨のせいで中までぐちゃぐちゃに濡れた靴に足を突っ込む。
その冷たさに少し身震いをしたけど、もう慣れた。
「あれ?獄寺くん帰るのかい?泊ってけばいいのに。」
「いや、迷惑になるんで帰ります。色々、ありがとうございました。」
オレはそのまま玄関を出た。
日はとっくに沈んでいて、それでも冷たく清々しい風が、さっきまであった温もりたちを吹き飛ばしてしまう。
でも、腹の中にはまだ温かさが残っていて、それを少し嬉しく思った。

家に着き、ドアを開ける。
「・・・ただいま」
山本の真似をして、そう言ってみた。
けれども何も返ってこなくて、耳鳴りがするほどの静けさと低い室温がオレを迎えた。
オレはそれに大きく身震いをして、風呂場へ急いだ。
久々に、浴槽にお湯を溜めてみようかな、と浴槽の蛇口をひねる。
初めの方にはキンキンに冷えた水が出てきて、思わず手をひっこめた。
チョンチョンと流れる水を触っているうちにだんだん水温が上がっているのを確認した。
そして浴槽の底にある栓をして、オレはリビングへ行った。
濡れた靴下で冷たいフローリングを歩くのは寒かった。
そして暖房のスイッチを入れた。
ゴォ・・・と電源が点いたことを確認した。
ブレーカーが落ちないように気をつけながら、浴槽の水が溜まる音と暖房が働いてる音を片耳ずつで拾いながら布団にくるまった。
けど布団も冷たくて、山本が触れた肩をも冷やしていく。
別にそれに未練なんてないけど。
そう、いつもの生活に戻るだけ。

部屋もだいぶ温まって、浴槽のお湯も溜まった。
オレは洗濯機にワイシャツと濡れた靴下と下着をぶち込み、温かいシャワーを浴びた。
湯気が風呂場を満たし、視界に靄がかかる。
夕方の雨のようにシャワーが身体を打つけれど、それとは違って今は温かくて、心地よかった。
でも、やっぱりちょっと寒かった。
オレはそのまま浴槽に入った。
水位がわずかに上昇し、お湯に肩まで浸かる。
シャワーの締めが甘かったのか、ピチョンピチョンと滴が垂れる。
じわじわと浴槽のお湯からオレの身体に温かさが入り込んでくるのを感じ、心地よく思う。
けれども同時にお湯の温度が蒸発により冷えて行くのも感じた。
保温性には乏しいのか、と軽く思った。
ある程度お湯がぬるくなり、オレの身体もだいぶ温まったので、風呂から上がった。
身体の芯まで温めたつもりだったけど、風呂からあがるとすぐに体温は奪われ、あっというまに手先が冷たくなる。
それが嫌で、オレは再び布団にくるまる。
腹が減ったけど、寒いという理由で外に出たくなかった。
山本の家から帰る途中で、何か買っておくべきだったか。
いや、今の状態なら布団からすらも出たくないから、大して意味はなかっただろう。
それに眠気も重なって、オレはそのまま眠ってしまった。


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