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おはなし達
さよならの嘘
――――――じゃあ、行ってきます。
武は2日前にそう言って、オレの執務室から出て行った。




オレが武に与えた任務は24時間だけの偵察だった。
ごく簡単なもので、すぐに戻って来られる。
2日間もかかるなんて、どんなバカでもそれは無いと思う。
オレも、十代目も不安になった。
武が帰って来ない理由は3つ。
・目的地を間違えた。たぶん、相当のバカでないと逆に難しい。
・報告書に書けるほどの情報が集められなかった。以前にも何度かあった1番可能性の高い理由であるが、いつもなら素直に謝りに来るはずだ。
・考えたくないが、的に見つかり殺された。それか致命傷を負い、動けない。妙に神経の鋭い奴だし、あのスクアーロに引けをとらない実力の持ち主が、そう簡単に傷を負うだろうか。

以上が十代目とオレが推測した、武が帰って来ない理由である。
オレとしては、2番目ではないかと思う。
だとしたら、その内帰ってくるだろう。
右腕として、あまりに無責任で、あまりに無関心な想像だった。


武に任務を与えて1週間、それでも帰って来なかった。
武が帰って来ない理由として、1番はまず消えた。
2番目の可能性はまだある。
でも時間が経つにつれ、3番目の可能性が大きくなってきた。
その夜、武の部下がオレの執務室を訪ねた。
青ざめた顔で、息を切らしてオレに報告をした。
武が帰って来ていないのに、部下が勝手な行動をする訳は無い。
「ご、獄寺さん。や、まもとさんが、敵に崖から落とされて、致命傷を負って、今病院に居ます・・・!」
悲しみ、ショック、絶望。
今の感情はどれにも当てはまらなくて・・・。

気付いたら十代目の執務室の前に立っていた。
ノックしようとしたら、自分の手が震えていることに気が付いた。
自分は多分、あの部下と同じような顔をしているに違いない。
「入って、獄寺君。」
十代目のお声がした。
だけどその声も震えてて、オレと同じくあの部下から事情を聞いたらしい。
失礼します、オレは震えた声で応えた。
ソファにリボーンさんが座っていて、十代目は机の上で固く手を握りしめ、俯いていた。
オレはその時初めて後悔をした。
2日前に任務を与えてしまったこと、武が居ないことを無責任に見過ごしていたことを、オレを愛しオレに愛されてしまったが故にこの世界に引きずり込まれてしまったことを。
「じゅうだ・・・」
「これは、命令だよ。獄寺君。」
すみません、とこの感情を言い表すにはあまりに不適当な言葉を、発する気でいた。
だけど、そんなこと、どうでもいいんだ、と仰るかのようにオレの言葉を遮り、命令だと告げられた。
「明後日、此処に書いてある病院を訪ねて、『瀧本凱』の病室に行って。それからオレに報告して。」
瀧本凱とは、武の偽名である。
自分のファミリーがそこにいることで民間人が巻き添えになったり、そいつが暗殺されたり、ということにならないようにと十代目が考慮されたものだ。
つまり、明後日武の様子を見て来いということだ。
オレは紙を受け取り、部屋を出た。
耳鳴りがするほどの沈黙、息が苦しくなるほどのプレッシャー、自分を戒めることができないほどの脱力感。
耐えられなかった。
逃げてしまった。
いっそ、十代目やリボーンさんに罵られた方が楽だった。
いっそ自分が突き落とされていればと思った。
様々な感情が入り乱れ、やがて感覚が分からなくなってきた。


                  武・・・・・・・。


一体、何のために一日置いたのか、分からない。
後悔した夜から2日後、パリの中央病院に行った。
5階の562号室、瀧本凱を訪ねに。
恐る恐るドアに手を伸ばした。
「瀧本さんのお知り合いですか?」
不意を突かれて、驚いた。
その声のする方を見ると、若いけど貫禄がある医師が立っていた。
はい、とオレは短くそう答えた。
「ご説明があります。お時間頂いてもよろしいですか?」
その質問にもはい、と短く答え、医師の後をついて行った。
懇談室に入り、椅子に腰かけるように促されたので言われる儘に座る。
「瀧本凱さんは――――――」


まだ、信じられない。
武の記憶が無い、だなんて・・・。
崖から落ちた時、打ちどころが悪かったらしい。出血こそ少なく命に別状はなかったのだが・・・。
記憶だけは、どうにもならなかった。
怖い。
武は何もかも覚えていない。
自分が瀧本凱ではなく、山本武だと言うことも、自分がボンゴレファミリーX世の雨の守護者だということも、オレ、獄寺隼人の恋人だったということも・・・
もう一生思い出すことは無い。
秘密が病院にバレないようにしているということは、病院からその秘密が伝えられることが無いのだから。


これで、よかった・・・?


あんなに死んでほしくない、この世界に引き込まなければよかった、そんな後悔も、武の記憶が無くなったお蔭で清算された。
武は多分何もしなければ、一生この世界に入ることは無い。
後悔したことは全て、鎮魂歌の雨で洗い流された。
武は、雨の守護者、最期の使命を成し遂げた。


ガラッ


扉を、開けた。

イタリアの心地よい風が、頬をかすめた。

窓の外を、羨むように見つめる青年が居た。

その視線が、扉を開けた音に反応してこちらを見た。

その顔は、『山本武』では無かった。


「あんた、誰だ?」


彼はそう、オレに問いかけた。
悲しみは心の隅にしまい込まれ、初めて会った10年前を思い出す。
でも、アイツの笑顔は、面影も残っていなかった。
アイツの、チャームポイントの笑顔までも記憶と一緒に消え去ってしまった。
彼は、自分の問いかけが帰って来ないのを、不思議そうに待つ。

「オレの知り合いか?」

そうだよ、おまえの恋人だよ。
なんて言えなかった。
純粋な質問に答えられるほど、綺麗な言葉は知らなかった。
もう一生会えないから・・・
言う必要はないけれど、
ひとつだけ、真実を伝えたかった。
精一杯の笑みを浮かべて・・・

「いいや、部屋を間違えた。」

オレは嘘しか、言えなかった。




記憶喪失な誰か、という設定がふと頭に浮かんだので書きました。
やっぱり、何も言えないよね。
好きだからもう引きずり込みたくないよね。
だから嘘つくしかないよね。
というせつないシチュエーションに、自画自賛してました。

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