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おはなし達
炭酸水と恋心
大通りに並ぶ緑の木々から蝉の声がこれでもかと聞こえてくる、ある中2の夏。
オレと獄寺でゲームセンターに行った帰り道だった。
「暑ぃ・・・。」
と獄寺が何度も呟く。
オレは炎天下の中野球のトレーニングに励んでいるのでこれくらいなんてことないのだが、イタリア育ちの獄寺には厳しい環境らしい。
獄寺は自動販売機を見る度飲み物を買う。
もう何本飲み干したか分からない。
その全てはほぼ一瞬で獄寺の喉を通っていく。
今日でそんな光景を何十回も見た気がする。
小銭を入れる音、ペットボトルが落ちる音、そして炭酸飲料独特の「プシュッ」という蓋を開ける音。
真夏の真昼間はこの光景を魅せてくれる。

2人でゆっくり歩いて行くと、次の自動販売機が見えた。
獄寺の手元には空のペットボトルしかない。
オレの手元にも、あと1口分のサイダーしか残ってない。その1口分を飲み干した。
その1口分のサイダーは炭酸が抜けてて、ぬるくて、甘かった。
自動販売機を目の前にし、獄寺は再び財布を取り出す。
もう金が残ってないのか、獄寺は財布を閉じてゆっくり歩き始めた。
「金、無ぇの?」
獄寺は「あ゛?!」といい、汗だくで赤く火照った頬をこちらに向ける。
眉間の皺もいつもより一層深くなっていた。
オレはその自販機でサイダーを2本買った。
1本はオレの分、もう1本は獄寺の分。
「はい、獄寺。」
とオレはサイダーを獄寺の胸の前に差し出した。
獄寺は一瞬オレに目を向けると聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で「ありがとな」そう言ってくれた。

気付けば辺りは紅に染まっていて、獄寺のサイダーを飲むペースも徐々に落ちていった。
だが、オレの財布も破綻寸前だった。
残金153円。
丁度サイダー1本買い、3円余る状態だ。
獄寺は自分の家の前に着くと、オレに向かって「じゃあな」一言言い、玄関に向かっていった。
オレは一瞬戸惑ったが、焦りながらも「また明日な」そう言い返し、家に帰った。


次の日、オレと獄寺はツナの家の近くで鉢合わせした。
「よぉ」と一言だけだったが、挨拶を交わした。
「ん。」
獄寺がオレの胸の前に拳を突き出してきた。
何度も突きつけてくるので、不思議に思いながらもその下へ手をやると、チャリンチャリンと小銭が落ちてきた。
「何これ?」
「借りた金。」
「別にいいのに。」
「・・・。」
枚数を数えると確かに昨日サイダーをおごった分だけの小銭があった。
特に財布のようなものは無かったので鞄の小さい収納ポケットに突っ込んだ。
獄寺は相変わらずオレに笑顔は見せてくれず、代わりに眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔を見せる。
オレはもっと獄寺の笑顔がみたいのな。
獄寺はツナが玄関から出て来るなり「おはようございます、十代目。」と先刻とは打って変わって元気な声を出す。
この瞬間はいつもツナを恨めしく思ってしまう。
親友にこんなこと思ってしまうのも正直嫌だ。

今日も猛暑だ。

昼休み、オレたちは熱くなったアスファルトを避け、日陰に入る。
ここは他よりは涼しく、心地の良いところだ。
いつも通りにオレたちは昼食をとる。
ツナは日直のため手早く済ませ、教室に戻って行った。
オレと獄寺がこの屋上に残された。
会話も無く、変な空気だ。
オレは暑さもあり、変な汗をかいた。

プシュッ

炭酸飲料独特のあの蓋を開ける音だ。
獄寺は昨日と同じサイダーを飲んでいた。
実を言うと、オレもそのサイダーを買っていた。
でもまだ手をつけていなかった。
オレは喉も渇いてきたのでサイダーの蓋を開け、喉を鳴らし飲んだ。
「そういえば昨日もこれ飲んでたよな。オレら。」
「あぁ、そうだな。」
「昨日ほどじゃねぇが今日も30度超えるって天気予報でやってたぜ。」
「マジかよ・・・。最悪だ。」
「ハハハ、大丈夫だって。昨日と比べたら5度も違うんだぜ?」
「大して変わんねぇだろ。」
「そうか?」
オレはサイダーに感謝した。
昨日会ってたとは言え、暑さでまともに話せなかった。
こんなに獄寺と話したのは久し振りだ。
いつも獄寺はオレの話しを流して終わってたから。
サイダーは蓋を閉めても中の気泡が上に上がってく。
上がっては消えて、上がっては消えて。
なんだか儚いなと思った。
昼休みのチャイムが鳴る。
獄寺は残りのサイダーを一気飲みし、教室に戻って行った。
オレのサイダーはまだ半分も飲んでなくて、気泡もシュワシュワ音を立てて消えてくのがよくわかる。
この時間で飲める気もしなかったのでオレは蓋をしっかり閉め、獄寺を追いかけた。

次の授業は生憎数学で、オレの苦手分野だし、獄寺はとっくに理解していて起きてはいない。
ツナが当てられた時だけ飛び起きる。
本当は寝ていないんじゃないかって思う。
オレと獄寺は席が近くない。
でも顔は見れる程度の距離に在る。
だからいつもオレは授業中獄寺のことを見てる。
寝ていることの多い獄寺には気付かれることは少ない。(気付かれることもあるが、睨まれて終わりだ)
そんなことを考えてるうちに授業は終わる。
授業もまともに理解せず、獄寺を見つめるだけの時間だった。
今日は運よくこれで授業が終わりだ。
でもこの後には部活が控えている。
なので獄寺と一緒に帰れないのが不満だ。
いっそ部活をやめてしまおうかとも思ったくらいだ。
でもオレにはやっぱり野球しかなく、オレから野球をとればただのホモだ。
さすがにそれはダメだと思い、仕方なく続けている。
もしかしたら獄寺も野球が好きになってくれるんじゃないかなぁ。とか在るわけもない想像をしながら。
獄寺は今日もやはりツナと一緒に帰っていた。
ランニング中でよく見えるし、近くも通るので手も振ったりする。
ツナは快く返してくれるが、獄寺は真面目にやれと口ぱくでオレに言う。
でもオレはそれが嬉しくて思わず笑顔になってしまう。
怒られて嬉しいなんて、変だ。
部活中も獄寺のことを考えたいが、考えてしまうとプレーに集中できなくなり他の部員に迷惑をかけてしまうのでなるべく考えないようにしている。
でもやっぱり部活が終わると始終獄寺の事を考える。
今何してるだろう?何を食べてるのかな?
何を見てるのかな?何を考えてるのかな?
そればかりが気になって仕方がない。
もう腹減ったとか宿題の範囲だとかもう忘れた。
家に帰って、オレはまず汗を流すために風呂に直行する。
風呂の中でもやっぱり獄寺の事を考える。
時々浴槽のお湯が沸騰してしまうんじゃないかってくらい恥ずかしくなることだってあった。
でもやっぱり忘れられないと思う。
オレの風呂はそのお蔭でいつも長い。
2時間は入ってる。
別に半身浴とかそんなんじゃなくて。
上がった後はいつも軽くのぼせていて、ペットボトル1本は必ず飲み干す。
いつも通りに飲み物目当てに冷蔵庫を開ける。
たまたまそこには昼の残りのサイダーと帰りに買ったサイダーがあり、オレはそれを一気に飲み干す。
昨日の獄寺みたいだなと思った。
1本はすぐ空になり、もう1本は部屋で飲むことにした。
昨日と同じサイダーが同じようにプシュッと音を立てふたが開けられる。
今日の昼みてぇに喉を鳴らして飲んだ。
気泡はやっぱり儚く消えてはすぐに生まれる。
生まれては消え、生まれては消える。
その繰り返しだ。
なんだかオレの気持ちに似ているような気がした。
いつも少し違う感情が生まれては獄寺の一言で儚く消えていく。
「やっぱり・・・好きなのな、獄寺。」
オレは不意にそう呟いた。独りごとにしても小さすぎる声で。
「武ぃ!メシだ!降りて来い!」
「わーった!」
親父の威勢のいい声で現実に引き戻された。
そして一気に空腹感がオレを襲い、大急ぎで下に降りて行った。

次の日もやっぱり獄寺は冷たくて、話しかけてもちゃんとした返事なんて返ってこない。
そのくせ、ツナに対してはとても明るくオレの見たい笑顔まで撒き散らしてる。
でも好きだなんて言えないし、言ったとしてなんだ。
ただ気持ち悪いとか思われるだけだろ。
それならこのままでもいいと思う。
このままが一番幸せなんだと思う。

朝のHRで席替えが行われた。
オレはショックなことに席は隣に移るだけで、一番窓側の席になった。
オレはまず誰よりも先に獄寺の席を探した。
『オレ今日めっちゃツいてる♪』
幸運なことに獄寺の席はオレの1個前だった。
これで獄寺ことを見放題だ。
何で見るのかと言われたって前なんだからと言い訳出来る。
まさに最高の席だ。
神様ありがとう!!
そんなことがあって、オレは上機嫌で獄寺の事を見つめる。
残念ながら隣は誰も居なくて寂しいが、獄寺が居るのでそんなことは関係ない。
むしろ隣に変に思われずに済んでラッキーだ。
「山本、ここ答えろ。」
「・・・へ?」
やはり先生の声で現実に引き戻されてしまった。
しかもよりによって数学の方程式。
オレの苦手分野。
隣が居ないので教えても貰えず、肝心の獄寺は夢の中。
オレは一瞬でパニックに陥ったが、いつものカンで5と答えた。
「どうせカンだろ。だけどイイ線いってるな。4だ。」
誉められてるんだか誉められてないんだかよくわからなかったが、とりあえず事が済んでよかった。
これで今後は当分当てられないだろう。
オレは再び獄寺をじーっと見つめる。

「お前、キモい。」
唐突に言われた。獄寺から。
「ん?何で?」
オレは落ち込んでる気持ちをよそに明るい言葉で返す。
「とぼけんじゃねぇ。後ろからジロジロ見やがって。」
「仕方ないじゃん。獄寺の後ろなんだもん。」
「んなもん黒板見てりゃ見えない事になってるんだよ!!」
「いいじゃん♪」
「よくねぇ!!」
「まぁまぁ・・・。」
やっぱり気付かれてたのか。
確かに気付かれてないとも思っていなかったが、かといって気付かれて欲しいわけでもなかった。
でもやっぱりキモいって言われんのはちょっとキツイのな。
分かってはいたけど直接言われるとやっぱり傷つくのな。
そう言って獄寺はそっぽ向いてしまった。
ツナも獄寺を落ち着かせるためにそっちを向いた。
オレはその瞬間を見計らい、ものすごい勢いで落ち込んだ。
心の中では洪水並に泣いた。
もう現実でも涙目になりそうだった。
その後、昼休みの間は明るく過ごしていたが、さすがに授業中はそうしていられず、落ち込んでいた。
なんで?
どうして気持ち悪いとか言うの、獄寺。
後ろなんだから仕方ないでいいじゃん。
嫌われてるのは分かってたけど・・・。
オレはどうすればいいんだ!
挙句の果て、オレは心の中で叫んだ。
バカみたい(いや、バカなんだが)にでけぇ声で叫んだ。
でもやっぱり誰にも気づかれてないし、増してや獄寺になんて分かられたらとんでもない。
今日は部活も無いのでこのモヤモヤした想いをぶつけることもできないので、色んな意味で最悪だ。

授業も終わり、オレと獄寺とツナで一緒に帰った。
まず、3人でツナの家に行きツナを見送る。
その後はオレと獄寺が2人っきりになる時間だ。
今まではとても幸せな時間だったが、今じゃとても長く感じた。
ふと顔を見上げると一軒のコンビニを見つけた。
オレはひらめいた。
サイダーがあればなんか盛り上がるんじゃね?と思ったのだ。
実際昨日も盛り上がった(?)し。
「なぁ獄寺、コンビニ寄らね?」
「・・・別にいいけど。晩飯も買わなきゃなんねぇし。」
「じゃあ行こ♪」
オレの今までの落ち込みはどこへやら。
一気にテンションが上がり、笑顔が戻ってきた。
オレは前と一緒のサイダーを買った。
やっぱり獄寺もサイダーを買っていた。
オレは今しかないと思い切って話しかけた。
「おっ。獄寺もそれか。やっぱ美味いよな。これ。」
「あぁ。てかスポーツ選手が炭酸飲んだら骨溶けるぞ。」
「ウソ?!!」
本当は知っていだが、とりあえずそんなリアクションをとってみた。
自慢げに話す獄寺がとても可愛かった。
長い理屈をペラペラと話していた。
オレはいつも通り聞いてなくて、獄寺の顔だけ見ていた。
いつもだったら怒られてるところだけど、話す事に夢中になってる獄寺はそんな事には気付かなかった。
ていうか成り行きでカゴを持たされ、ちゃっかり会計を任せられてることに気が付いた。
オレはまぁいいかとついでに獄寺の分も払ってやった。
今月は金欠だ。
でも獄寺のためならマンガだって我慢するし、牛乳の質や量が変化したって別にいい。
獄寺が喜んでくれればそれでいい。

それから帰り道、オレは見事獄寺と沢山会話することに成功し、テンションもかなり上がっていた。
だが、獄寺の家はもう目の前でこの時間が終わってしまうと思うと逆にテンションが下がってしまった。
丁度家の目の前に着いた時に話しの節目がきて、「じゃぁオレん家ここだから。」と一言告げ、獄寺はコンビニの袋の中からオレのサイダーだけを取り出し、残りの袋ごと持って階段に向かって歩き出した。
「獄寺。」
オレは思わず呼び止めてしまった。
いつもは「じゃあな」の一言だけなのに、何か用でもあるかのように名前を叫んでしまった。
「えっ、いや・・・。また、明日な。」
「おう。」
オレは目一杯の笑顔で別れを告げた。
獄寺はツナに見せるような満面の笑みでは無かったが、オレに笑顔を見せ、階段を駆け上がっていった。
その後ろ姿をみるとオレはなんだか切ない気持ちになった。

獄寺が来たあの日からオレは獄寺が好きだった。
でも獄寺はどうなのかな。
オレがこの気持ちを伝えたら何か変わるかな。
でもきっと無理だ。オレには一生出来ない。
このままずっと中学を一緒に過ごして、高校はきっとバラバラになっちゃうだろう。
もう2度と会えないかもしれない。

気付けばオレはまだ獄寺の家の玄関の前から一歩も動けずにいる。
オレの中で色んな想いが駆け巡る。
それはサイダーの気泡のように儚く短いが、消えてはまた現れる。
オレはそれがなんだか悲しいように思えてきて泣きそうになる。
獄寺には伝えられない。
自分の中の儚い気泡。

獄寺また、明日。




恋心=気泡
という儚さをイメージしたんですが、結構無理矢理なオチに・・・。


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あきゅろす。
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