loves flour 大好きなあの花は 貴方との絆の証… 【loves flour】 私は鬼の一族の末裔、***。 大半の人間は鬼を忌み嫌う…だから人里離れた山に暮らしていた。 しかし、ある日。 山には1人の迷い人が居た。 声を掛けあぐねていた私を、その青年は先に見つけ、畏れもせずに近づいてきた。 「そなたは京に行く道を知っておるか?」 始めの印象は、なんて変な事を聞く人間なのだろうかと思った。 人間の道は人間にしか知りえないのに。 けれど、何故だかこの人間に興味を抱いたのも確か。 だからだろうか… 「勿論、存じ上げております。」 そう言ったのは。 *** しばらく話をした後、私は道案内をはじめた。 話から青年の名は―――平清盛。 今、都で栄えている平家一門の若き長だった。 そんなに身分の高い人間が、何故供も連れずに1人こんな山奥に居るのか… そう疑問に思い質問したが、清盛は言葉を濁した。 聞くべきでないと判断した***は、それ以上追及しなかった。 それから少しあるけば、京が見える位置まで着き、『案内出来るのは此処までです』、と名***は寂しそうに言う。 清盛も、どうしてこんなに良い娘が山奥へ追いやられて、1人身を置かなければならないのか、世の理不尽さと何も出来る事ない自分の無力さに腹が立った。 でも彼女は『大丈夫…』とだけ言った。 「では、案内ご苦労だった。……また来ても良いか?」 「お気持ちは嬉しいですが、此処へはもう来ない方が宜しいでしょう。」 久しぶりに、人間から聞く拒絶でなく受容の言葉。 とても嬉しかったけれど、是非と口から出掛かったのを制止して彼を見送った。 『そうか』、と呟いた清盛の言の葉が***の中にいつまでも響いた。 3日経ってから、清盛はまた供も連れずに一人山へとやって来た。 また、迷っている様子である。 仕方無しに***は彼のもとへと向かった。 「清盛様、また迷われていたのですか?」 「おぉ***!今日は違う…そなたに逢いに参った。」 まさかそんな事を言われるとは思いもしなくて、***の思考回路は一時停止してしまった。 一方、清盛は、また逢えた事がよほど嬉しいのか、そわそわとしていた。 「どうかしたのか…?」 「い、いえなんでも御座いません。」 ***もまた、体験した事のないドキドキとする感覚にそわそわとした。 それからというもの、清盛は1人で訪ねて来ることが多くなった。 始めは、自分と居る事を潔しとしなかった***だが、彼に触れていくうちに逢いたいと思うようになった。 そして、知らない異世界のような話をたくさん聞いて、常 だった***の生活に無常が現れた。 これはある何度目かの訪問で、清盛に質問を受けた時のことだ。 今日は山頂に昇り、山桜咲く、見事な桜色に染まった山や村を見ていた。 空も春の透明感のある蒼色。 「のう、聞いても良いか?」 そんな気持ちの良い春の日に、清盛の質問が木霊した。 ***は何を聞かれるかなど全く予想がつかず、首を傾げた。 「何故、そなたは我が来る前に道で待って居るのだ?まさかとは思うが…我が来るという事を知っていたのか?」 「ふふ、この山には私の結界が張り巡らされております故、貴方様が来られたならば、分かってしまうのですよ。」 「む、むぅ、結界か…なれば仕方ないな。こそっり近付いて脅かしてやろうと思うたのに。」 などと本当に悔しそうに言う物だから、***は思わず吹き出してしまった。 「そんなに笑うでない!」 「す、すみません。」 普段、歳相応の対応や言葉を話さない***が、この時ばかりは年頃の少女に見えて。 怒っても笑い続ける彼女を清盛は愛しいと感じた。 そっと手を握れば満面の笑みが返ってくる。 「その笑顔は我に向けられたものだと…自惚れても良いのか?」 突然にそう言われて***は驚いた。 その後、ふと憂いの笑みを浮かべて『……私は鬼の一族ですから。』と言い聞かせるように言った。 だのに、とうの清盛は 「そのような事関係ないわ。我はそなたが鬼の一族でも構わぬよ。」 きっぱりと言い切った。 「私は…貴方様の負担にはなりたくないんです。」 そう語る***が悲しそうだったから、清盛は彼女を抱きしめた。 泣き出してしまった***の背中をそっとさすってやる。 清盛は1輪の小さく咲き誇った花を見つけた。 「のう、***。そなたはこの花が好きか?」 END 2006.06 [*前へ][次へ#] |