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あるばいと
※一人暮らしを始めた大学生の望美ちゃんの家に知盛が同棲している設定です。






「暑い夏はエアコン…だろう?」



【あるばいと】




私がキッチンで洗い物をしていると、後ろから声がした。

背後から崩れるように抱きついてくる彼に苦笑しながらも、手を止めリビングへと赴く。


「もー、知盛ってば、すかっり馴れ慕じんじゃって…」


私よりも20センチは背の高い知盛を、背からソファーへと移す。


すると、涼しいのが気持ちよいのか、そのまま眠りに就こうとしていた。

だけど、折角一緒に居られる時間を無駄にはしたくないので…


「エアコン体に悪いんだから消すよ!」


あえて強気な態度で、リモコンを手にした。


「待て…」


案の定、制止がかかるけれども、そんなのお構いなしにピッとボタンを押す。


「午前中は付けちゃダメ!」

「望美…」


知盛はねだるように、わざと私の真名を呼んでいる。

そんなことお見通しなはずなのに、私はこの顔に弱い。

しょうがないなぁ…と口から出るのを抑えつつ、知盛の手が届く前にパッとリモコンを取り上げた。


「そんな顔しても付けません!知盛がガンガンに冷すから、電気代もばかにならないんだよ?」

「…俺には関係ない。」


関係ない…そうきたかと思う。

確かに此処は私の借りたアパートだし、知盛に住んでもいいと言ったのも私…

けれども、一緒に住んでいる以上関係ないとは言われたくなかった。

しかし彼にそんなこと言ったところで、平安貴族ということを差し引いても一般常識が通じるとは思えないし…

ソファーにごろんと寝転がっている知盛に目線を合わせ、深い溜息を吐いた。


「はぁー…なら、せめて働いて家賃ぐらいはらってよ。」

「仕事とやらか?」


彼にしては珍しく興味有り気に返答するものの、起き上がって話を聞く気配はない。

私はまた溜息を吐きたい衝動を抑えながらも続ける。


「そうそう。今は親に仕送りしてもらってるけど、私が学校卒業したら頼めないし。」


話をしている内にうーん…と考え込んでしまったようで、



「……分かった。」


その言葉の意味を理解するのに10秒はかかってしまった。

だって思わず間の抜けた声を出してしまったから。


「え…仕事、するの?」

「何をすればいい…?」

「えぇと…知盛が無理なくできるのでいいよ。コレ求人案内ね。」


がさごそと新聞をあさり、チラシを手渡す。

受け取った知盛は一通り眺めてから、私に向き直る。


「ふぅん…お前はどんなことをしているんだ?」

「私は居酒屋で女給だよ。」

「居酒屋?」


聞かれたので素直に答えると、疑問符が帰ってきた。

知盛がこの世界に来てから結構日が経ったけど(1年くらい?)私がお酒を飲めないから、知らないんだっけ…


「うん。大人の人がお酒を飲んだりするお店。あ、でもやめた方がいいかも…」


歯切れの悪くなってしまった私に、何故だ?と知盛が聞くのは当然で、答えないわけにはいかなくなってしまった。


「お客さん酔ってる人が多いから、大変なの。この前もおじさんからお酒勧められたり……」

「たり…?」


やっぱり…言いたくないな。

知盛が聞いたら辞めろとか言い出しそうだし、あそこ時給いいんだもん。


「ううん。なんでもない。」


そういうと知盛は私を睨んだ。

その顔が戦時に対戦した時のような鋭い紫水晶の瞳で、無償に怖くなった。

それでもやっぱり言うには躊躇いがあって、渋っている私の手を知盛がいきなり掴み、体が反転した。


「話せ。」


背にはソファー・前は知盛…逃げ場がない。



沈黙の中でソファーだけが重みにギシリと音を立てる。

掴まれた手首が少し痛くて、眼差しが怖くて…私は白状した。


「…触られたりとか……。」


ふと、知盛の手の力が増した気がした。


「…そこでいい。」

「えぇっ!?同じトコ?」


決断の早さに驚いて聞き直すと


「文句があるのか?」

「いえ。」



結局同じ職場で働く事になってしまいました。



***



さっきから店の女の子たちが妙に騒いでいるように思う。

でも今朝の驚きには勝らず、私の頭をただぼんやりと通り抜けてゆく…


「知盛さんってかっこいいよね!」

「うんうん。望美ちゃんもそう思うでしょ?」


急に話を振られたため、数秒遅れて覚醒した。


「え、あぁ、うん!」


返事をしたものの、何を話していたのか全く想像も付かなかった。


「聞いてなかったね。」

「ごめん。」


私は苦笑しながら先を促す。

が、彼女たちは顔を見合わせてから、またきゃっきゃと騒ぎ出す。

1人置いていかれてる私はどうしても状況が掴めなくて…

そう思いながらも休憩が終わる時間なので、エプロンを手に取ると


「今日入った銀髪のバイトがかっこいいってハナシよ。」



って…えぇっ!!?



私は驚きのあまり、彼の名前を口にした。


「知盛がっ!?」


慌てて口を抑えるけれど、時既に遅し…


「あら、もしかして彼氏?」

「まぁ……そんなところです。」


はぁーとため息を吐く。


「望美。」

「うわわっ!?と、知盛!」

「3番てーぶるはどこにある…?」


何故か今逢いたくないNO.1に堂々と輝く知盛だけど、仕事の質問だし答えなくちゃ。


「えっと、こっち」


急いでエプロンの紐を結んで知盛の手を引っ張った。


「いいなー望美さん。あんな彼氏がいて。」

「あぁは言ってたけど、やっぱり仲いいね。」


厨房でそんな会話が繰り広げられていることを私は知る由もありません。



***



「つ、疲れた〜」


やぁっと仕事も終わり、家路に着いた。

私は崩れるようにベッドに転がる。


「……。」


しばらくごろごろしてから、静か過ぎる知盛を横目でチラリと見ると、少し難しい顔をしていた。


「知盛?」


知盛がだんまりなのはいつものこと…でも今日は雰囲気がなんとなく違った。

不安そうに見上げると視線に気付いたのか、知盛はこちらを向いた。


「居酒屋というところは面倒だな…。」

「ほら、大変だって言ったじゃない。」


苦笑しながら体を起こすと、知盛が手を繋いできた。

滅多にない行為に私の顔は自然とほころぶ。


のもつかの間。



「あぁ…お前を不埒な輩から守るのがな…。」

「え?」

「思っていたよりも、狙っている奴が多い…」


左にある窓の外を見ながら言う知盛。


「も、もしかしてそのために?」


聞くと、彼は真剣な眼差しで


「他に俺が動く理由があるか?」



って…


そんなこと言われたら何も返せないよ。



「え、と…」

「気を付けろ。望美…。」


瞬間、知盛がもたれかかってきた。

私はいきなりの事に支えきれず、知盛が上に乗るという形でベッドに倒れ込んだ。

言われた台詞も行為も恥かしくて、退けようとしたけど…


「と、知盛っ!? …って寝てる…疲れたんだね。」




可愛い寝顔に観念した夜でした。



***



翌日のバイトはいつもよりもお客さんがたくさんで、従業員はてんてこ舞い。

猫の手も借りたいぐらいにオーダーの嵐。

パタパタと小走りで座敷の襖を開けると、誰かに飛びつかれた。


「おじょーうさんっ♪一緒に飲もうよ〜」


内心またか…と思いながらも丁重にお断りしてと。


「仕事中ですので…申し訳ないですが…」


そう言いながら肩に回された手を除けようとすると、当の本人は逆切れをしてしまった。


「俺の注いだ酒が飲めねぇってのか!!」

「そうではなくて、未成年ですし…」


何を言っても利く耳持たずなこの男性客をどうしたらいいものかと考えていると…


「その程度のサービスができねぇんなら、これぐらい当然だよな。」

「やっ!」


にやりと笑って下半身を触ってくる…



気持ち悪い。



「やめてください!!」


涙目になって叫ぶとよく知った声が聞こえた。


知盛だ…


「おい…俺の女に手を出すな。」


私を庇うように間に割ってはいる知盛。

すごくすごく安心する…


「んだと〜俺は客なんだよ!」


お客の声にはっと我に返ると既に喧嘩腰で。


「くっ客か…」

「やめて!知盛!!」


制止も虚しく知盛がお客さんを殴ってしまったから、店長に呼ばれたのだけど。


「2人ともクビ!!」


と怒鳴られてしまった。

当然なんだけどなんだか悔しくて


「…申し訳御座いませんでした。」


そう謝るも、私の中ではどうも腑に落ちない気があった。



着替え終わって、荷物も持って…


「知盛、帰るよ。」

「……。」


手を引いて店から出た。


外は綺麗な月夜で、心中洗われるってこういうことかぁなんて納得する。


それでも今の私はひどい顔をしていそうなので、知盛と手を繋ぎつつ、一歩前を行く。


「…悪い。」

「ん?何がー?」

「仕事を駄目にした…。」


心なしか知盛の声が小さい。

珍しく反省しているようだ。


「いいの。どうせやめようと思ってたし、知盛が助けてくれたから。」

「そうか…。」

「うん。」



そう言って私は振り返った。



***




がちゃり。

鍵を開けて中に入る。



「ただいま〜」

「暑いねーエアコン付けていいよ。」


はい、リモコンって手渡すも知盛はそれを眺めるだけで…


「…自粛する。」


そうは言うけど、物凄く暑くてだるそうな顔してる。


「この前の気にしてるの?平気だよ。またバイトするし。」


くすっと笑って答えると、ちょっと不機嫌になった知盛が抱きついてきた。


「お前が家に居ないとつまらない…。」


子供が甘えるみたいで可笑しいけど、やっぱり嬉しくて…


「じゃぁ明日学校もお休みだから、涼しいところに連れてったげる!」

「望美…。」


笑顔で答えると彼も笑う。


「期待してるぜ…。」







そう耳元で囁いて。



end


2006.08



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