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怨霊と云う立場を超えて
貴女を傷付けたのは私。
怨霊でない私が心を傷付けたんだ・・・




【怨霊と云う立場を超えて】





今は夏の熊野。

熊野別当に源氏に力を貸して欲しいと頼むため、龍神の神子一向は本宮へ向かう最中だ。

そんな中、白龍の神子である望美はコソリと、敦盛に話し掛けた。


「敦盛さん。もしよかったら明日、一緒に出かけませんか?」

「いや、やめておく。」


多分拒否されるだろうな…と望美は覚悟していたが、いざされると結構痛い。


「そうですか…」


しょぼんとする望美から一歩引いて、敦盛は申し訳なさそうに言う。


「すまない。ヒノエならきっと一緒に行ってくれるはずだ…」

「私は…敦盛さんと行きたいんです。迷惑…ですか?」


健気にも彼女は敦盛と共に居たいと願った。


けれど、それは叶わなかった。


「…そうだ。」


強い意志の宿った瞳に拒絶されてしまったから。

ショックを受ける望美に敦盛から言葉を掛ける事もなくて。


「……」


完全に拒絶された…


「ごめんなさい…」


謝罪の言葉を述べた望美は雰囲気に耐え兼ねて、その場を離れた。



「神子…」



本来は謝るのは私の方なのに…

そう思いながら神子の背中を目で送った。



***



夕方、勝浦の宿で皆一度、休息をとることとなった。

しかし、昼間の敦盛との会話を思い出してしまう望美はじっとしていられず、廊下に出た。


前も見ずに歩いていたら、案の定、誰かとぶつかってしまって・・・



「おっと、姫君。どうしたんだい?…可愛い顔を曇らせて。」


そこには微笑ヒノエがいた。


「ヒノエ…くん?」


ボーっとしていた望美は状況が掴めず、ただヒノエの顔を見つめた。


「そうだよ?望美…熱でもある?」

「ううん…」


否定はしても何処か辛そうな彼女にヒノエは手を差し伸べた。



「おいで…話してごらん?」



とりあえず、今日あった事の全てをヒノエ君に話した。


「そうか…敦盛の奴、世話が焼けるね。」

「やっぱり私、嫌われてるのかな…拒絶、されたもん…」


そう考えるだけで望美の目尻は濡れる。


「おいおい、泣くなよ。大丈夫だって。」

「俺にいい考えがあるからさ。明日まで待ってくれるかい?」


自信万満に言うヒノエに…



望美は『うん』と答えていた。



***



通れない熊野路を迂回して、なれない山道をあるいて、望美は疲れきっていた。

きっと明日も怨霊を封印して回らないとけない。

だから早く寝なくちゃと床に付こうとしたと同時に…



笛の音が聞こえた気がした。




「敦盛さんの笛…行かなきゃ。」


そう言って望美は音のする方へと向かった。


「敦盛さん!」

「神子!?何故、此処に…」


近寄る望美に敦盛は一歩引いた。

それが望美にとって一番悲しかった。


「笛が聞こえたから…そしたら体が勝手に…」

「神子の睡眠を妨げてしまったのか…すまない。」

「違うんです!!私が来たかっただけですから。」


その言葉が敦盛にはとても嬉しかった。

と同時に、神子の好意に甘えると云うのは…


赦される事ではなかった。


「……」

「やっぱり迷惑なんですよね…ごめんなさい。」


悲しそうに目を伏せる望美に敦盛は遣る瀬無い気持ちになる。


「……神子」



『貴女を傷付けたくはないんだ』




「え?」


無意識に神子の袖をひっぱっていることに気付く。


「何でもないんだ!早く戻ってくれ…」

「はい…」




白く発光した月が濃紺の空に在った。




***




「敦盛っ!」


ドタドタと廊下を走る音と、声が同時に響いた。


「どうしたんだヒノエ?こんな朝早くから…」


あまり尋常ではない様子に敦盛は胸騒ぎを感じた。


「望美がいなくなったんだ!!」


ヒノエの口から発せられた言葉は、想像もしていない事だった。


「それは…」

「どこを探してもいないんだよ!」

「姫君の行きそうな場所知らないか?」


そう問われても私にはわからなくて…


「生憎と解らない…私は神子とそんなに親しい訳ではない。」

「じゃぁ一緒に探せ!」

「ヒノエが探してやってくれ…私は足手まといになる…」

「ふざけんなよ、敦盛!姫君がどうなってもいいのか!?」


どうなってもいいわけではない。

けれど私のせいで傷ついた神子を探しに行っても、傷を抉るような真似をするだけだ。


「そうではない…だが、私の穢れた身では、神子に厄災を呼ぶ。だから」


私は怨霊だから…

神子を傷つける、異形の者。



「だったら俺が貰うから。望美を」

「っ!」



ヒノエの去り際の台詞が脳内を反芻し、気が付けば体が動く。

敦盛は走り出した。



***



望美はヒノエと約束していた熊野川に来ていた。


「ヒノエ君遅いなー待ち合わせの時間とっくに過ぎたのに…」


かれこれもう一刻は過ぎている…

暇で仕方のない望美は水遊びに興じていた。


ぱしゃ。



暑い夏だが川の水は以外にも冷たい。

気持ちを落ち着けるのには十分だった。

がさっと叢から音がした。



「ヒノエ君?」


そう問い掛けると出てきたのは


「神子っ!!」

「え、あ、敦盛さん!?」


小さな切り傷と泥まみれになった敦盛だった。

彼は急いで望美の前まで来ると


「良かっ・・た!無事…だったのだな。」


息も絶え絶えに望美の手を握る。


「え・・・?あ、はい。」

「あ…すまない神子。」


赤くなった望美を見て、自分が手に触れているという事に気が付いた。

…慌てて離れる。


「いいえっ!私敦盛さんに触れて欲しかった…言葉も、もっと交わしたかった。」


しかし今度は望美が敦盛の手を掴んで離さなかった。


「駄目だ。神子…私は穢れているんだ。だから貴女には触れることは赦されない…」

「そんなことないです!だって敦盛さんは敦盛さんでしょ?」



その言葉にはっと兄上の言葉を思い出した。


『怨霊として蘇るには強い念がないと駄目なんだよ』



強い
想い




「そうか…私が蘇った意味は……」


きっと私は・…


「神子、もし赦されるのならば、伝えたい想いがあるんだ…」



「貴女が好きだ。」



言った途端、望美は涙を零した。

その顔がとても幸せそうで綺麗だった。


「嬉しい…です」



貴女に逢うために蘇った。

そう信じたい。


何故なら

貴女がどうしようもなく

愛しいから。




END


2006/07



おまけ★


ぽろぽろと嬉し涙を流す望美が抱きつくと・・・

敦盛は予想外の出来事に対応しきれず。

濡れていた足場から見事に滑り落ちた。


「冷た…」

「す、すまない!私が支えきれなかったばかりに…」


なんて、敦盛は水の中で恐縮してしまう。

そんな敦盛を見て何を思ったのか…望美は怒ったように背を向けた。


「み、神子…怒っているのか…?」


恐る恐る敦盛が近付けば、突然水が顔を直撃した。

ばしゃっ!



「っ!?」

「敦盛さんの馬鹿…」

「え…?」


訳の解らない敦盛にもう一度水を掛けて、泥を落とす。

小さな切り傷も破傷風にならないように水で清めていく。


「怒ってなんかいませんよ。」

(ただ、私を追ってくるのに怪我も厭わない貴方が心配だったから…)


「…ありがとう。」


晴れ晴れとした青空の下に2人の幸せそうな笑顔があった。

無邪気に水を掛け合えるほど平穏な日々がいつまでも続けと願う。




あきゅろす。
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