曖昧な3センチメートル 「恭さん、恭さん」 「ん・・・***、か」 朝早くに起こしてくれと頼んだのは恭さんなのに、相変わらずの素っ気ない態度に苦笑する。 多分彼と出会った頃なら確実に咬み殺されているだろうし、それから数年経っても全く読めない行動や言動の恭さんにやきもきしながらも傷ついていたのは過去の事実だ。 だけど今は木の葉の落ちる音でも起きてしまうあの恭さんが、私が隣の部屋で寝ている時だけは起こされるまで安心して寝ていられるのだ。 それは出会いから10年経った今、恭さんに関してたったひとつだけ誇れる嬉しいことで、そんな一見すると些細な変化かもしれないが、その進歩は私をひどく幸せにした。 「なに、どうしたの?締まりのない顔してる・・・」 そんなことを考えていたせいか、頬が緩んでしまっていたらしい。 恭さんは怪訝そうな顔で「変なの」と呟いてから、布団から出て夜着の前襟を正すとカラカラと縁側の戸を開けた。 すると風に乗る花びらのように、ひらりと舞い降りた蒲公英色の影が恭さんの肩にちょこんと乗った。 ヒバードを愛しそうに撫でる恭さんはとても絵になった。 (私も鳥になりたい。そうしたら私も もっと近くに 居させてくれますか?) 「ん・・・今日もいい天気だね、***」 空を見上げれば快晴で、本当にいい天気だった。 そしてこの10年で少しずつ縮んでいった距離は、毎日のお天気報告と穏やかな笑みをくれた。 暖かな日差しに呼応するかのように私の心も暖かかく心地よい(恭さんのせいだよ。) 「あ・・・恭さん会議!」 「・・・そうだったかな」 「だ、だから早く起こしてくれって頼んだんじゃないですか〜」 こんなやり取りも毎度のことで、目が合えばお互いにはにかむような笑顔。 私は「もー」と悪態をつきながらもと笑い、恭さんに着替えを差し出して布団を片付け始める。 以前は着替え中は一切誰も立ち入らせなかったのに、私が作業しながら絶対に振り向かないことを条件に部屋に居ることを許してくれた(その方が便利だと言われた気がしたが聞いてないフリをした) 「あのね、恭さん」 「なに?」 「な、なんでもない!」 この頃は意識をしていないと「好きです」そのひと言が口から零れそうになる。 それは多分、この10年という月日を経て穏やかになった恭さんとの関係性に油断しているせいだ。 この穏やかさは永遠に続くものではないと解りきっているのに、どうしても続いて欲しいと、けれどもっと一緒にいて恭さんを知りたいと思ってしまうのだ。 笑って誤摩化した私に恭さんは眉根を寄せて一瞥すると、やっぱり短い溜め息をついている(呆れ、られちゃったかな) 「・・・***、ネクタイ」 「あ、はい」 あんなことを言いかけていたせいで、恭さんとの距離間に意識が集中してしまって、いつもなら直ぐに結べるネクタイが緊張で小さく震える手を滑り落ちる。 数回挑戦しても上手くいかないことに痺れを切らしたのか、ひと回り大きな手が私の手を止めた。 反射的にびくんと跳ねた体の反動で恭さんの顔を見上げると、鬱陶しそうな不機嫌そうな表情が伺えた。 「いいよ、自分でやるから」 その言葉と短い溜め息に見放された子犬の気分になって、じわりと目頭が熱くなった(どうしよう、泣く) 悟られないように俯いて布団の片付けの続きをしようとかかんだところで、少し痛いくらいに掴まれた腕に反射的に言葉が紡がれる。 「ご、ごめんな、さい・・・」 びっくりするくらい小さな自分の声に、大分萎縮してしまっているのだと自覚した(そういうの恭さん嫌がる。嫌われたく、ない) こんなに些細なことで、やっとの思いで築き上げてきた関係性を失ってしまうのではないかと考えたら本当に泣いてしまいそうだった。 返答の無い恭さんが怖くて、頑張って顔を上げたら見たことの無い表情(恭さんが戸惑ってる・・・?) いつの間にか緩められていた手の力が戻り、ぐいと上に引き寄せられた。 「布団は草壁に片付けさせるから、君は僕に付いておいで」 急に立ち上がってバランスを崩しそうになる体を恭さんの腕が導いてくれる。 たったそれだけのことなのに、先ほどまでの不安は嘘のように消えてしまっていた(だって変わらずに恭さんの隣に居られる) 「きょ、恭さんっ!私、服っ!!」 「そのままでいいよ。どうせあの人もスーツでなんかで来ないだろうし」 「で、でもっ」 「うるさいよ・・・」 抗議の声を上げる私を引きずるように引っ張る恭さんに、更なる無意味な抗議を続けようと口を開くと睨むような視線が絡む。 久しぶりの緊迫した雰囲気に堪らず身を固くすれば、手の力がふっと消えた。 目の前からこつ然と消えた恭さんの気配を慌てて追うと、その姿は中庭に。 軽い身のこなしで一輪花を手に取って、私の髪に挿してくれた(綺麗ないろ) 「これなら気にならないでしょ、行くよ」 どうやら恭さんは花(頭)に目線が行けば服装をまじまじと見るヤツなんていないと言いたいみたいだ。 とても会議には似合わないラフな格好をした私は少し滑稽かもしれないが、恭さんと一緒ならそれも良い気がしてきて早い歩調に合わせて歩き出した。 足取りは驚くほど軽い。 *** 定時よりもやや遅いお開きとなった会議は、主役であるディーノさんの人柄によるものだと思う。 楽しい雑談の中にある冷ややかなほど真剣な話はマフィアのもので、毎度改めて思い知らされる(自分の居る世界を) それでも今までやってこれたのは、ひとえに恭さんが居たからだ。 先ほどの会議の後、ずっと押し黙ってしまった恭さんをちらりと伺い見ると少しだけ空気がぴりぴりした。 何が気に入らなかったのか(恭さんは大抵会議には乗り気ではないけれど。退屈だから)訊くのは憚られる雰囲気だけど、これは多分(訊いて欲しいのだと思う) 私は勇気を振り絞って、相変わらず早い歩調で斜め前を行く恭さんの裾を掴んだ。 「な」 「恭さん、どうしたんですか?」 訊かれるより先に言葉にしてしまったら、恭さんは驚いたようにほんの少しだけ目を開いて私の顔を覗き込んだ。 これはきっと私にしか解らない表情の変化だと思うと、自分でも恥ずかしいくらいに心が穏やかになれる。 (それがとても心地よくて) 「恭さん」 「君はあの人が好きなの?」 「え?」 何の前触れも無く、突然問われた言葉の意味を理解しきれなかった。 頭の中がぐるぐるぐるぐる渦を巻いたように、思考が全然まとまらない。 ただ、漆黒の瞳は真剣に私を正面から見据えている。 「あの、ひとって、だれ、です、か?」 「・・・・・・ディーノ」 何か答えなくてはと、精一杯の言葉に返って来たのは「ディーノ」(え、あれ?ディーノさん!?) 私は赤くなったり青くなったりしながら、答えを待つ恭さんへどうしたら上手く伝わるか回らない頭で必死に考えていた。 「えっと・・・ディーノさんは」 確かに後に続くはずだった「尊敬してます」の言の葉は、一瞬で緊張した雰囲気に飲み込まれて消失してしまったかのようになくなった。 それに取って代わるかのように、私の視界は恭さんの黒でいっぱいになった。 「やっぱり、いい。聞きたくない」 普段の恭さんから、いや今までの恭さんからは想像もできないような弱音にも似た言葉に、思わず息をするのも忘れてしまっていた。 それにこんなに恭さんが近いのは抱きしめられてるせいなんだ(心臓の音、聞こえちゃう) 自覚した途端どうしたら良いのか解らずに、また頭の中がぐるぐるした。 「ど、して、抱きしめたり・・・する、の?」 無意識の内の言葉に一瞬で恭さんの雰囲気が固くなり、腕に込められた力が強まった刹那、離れて行く感覚(離れないで。寂しい、よ) そう懇願するように、完全に距離が開ききらないうちに袖を掴むと明らかに戸惑った表情が伺えた。 恭さんにそんな顔をして欲しくなくて、寂しさで泣いてしまいそうなのを押し殺して、袖を放して俯いた。 「***・・・」 「え?」 呼ばれて顔を上げれば絡まる視線、近すぎる距離に思考回路が追いついていかずに思わず目を閉じた。 だって後数センチでキスされそうな距離だったから。 「目、開けなよ」 言われた通りに恐る恐る目を開けると、少し困ったような穏やかな笑みがそこにあった。 それを見た瞬間、こうなることが決まっていたかのようにぽろぽろと溢れ出す涙が出ては止まらなかった。 初めは「なんで泣くのさ」とか「いい加減泣き止みなよ」なんて、困ったように怒ったように恭さんは言っていたけれど、あんまりにも私が泣くものだから最終的には「仕方ないな」って少し呆れたように泣き止むまで肩を抱いてくれた。 「ねぇ、なんで抱きしめたの、だっけ?」 「・・・は、い」 漸く落ち着いた頃に、思い出したように恭さんは呟いた。 自分で問うた問いを改めて聞くと、内心穏やかでは居られなかった(恭さんは私を どう思って いるの?) 「怖かった」 「恭、さん?」 「僕は闘いも、死ぬのも怖くはない・・・でも君が離れて行ってしまうことだけは怖いと思った」 意外だった。 恭さんがそんな風に思っていたなんて、露にも思わなかった。 確かに10年という決して短くはない歳月を共に過ごして来て、私は恭さんと離れるのが、嫌いになられるのがとても怖かった。 だけど、その思いを恭さんと共有できるなんて、そんなこと夢物語としか思っていなかったのに(これは本当に現実?) 「誰かに嫌われたくないって思うの、生まれて初めてだよ・・・」 回された腕に力が籠る。 表情は見えなくても(元々あまり顔には出ないけど)その力がそれが本当なのだと告げていると確信した。 また涙が出そうなのを必死で堪えながら、私よりも少しだけ低い恭さんの体温を感じていた。 頭の片隅で「ねぇ解ってる?」って聞こえた気がしたけれど(溶けてしまいそうなほど幸せで、甘い) 暖かさと優しさに油断していたら、久々の衝撃が。 「痛い・・・」 「わざわざ僕が話してるのに、聞かないとはどういう了見だい?」 「だ、だからって、叩かなくても・・・」 先ほどまでとは違う意味の涙目で後頭部を押さえながら訴えると、関係ないと言わんばかりに睨みつけられた(やっぱり、怖い) けれど、次には呆れたような笑みを返してくれた。 「君が好きってことだよ、***」 「え・・・?」 「僕に、嫌われたくないとか、怖いって思わせるのは君が好きだからなんだよ」 草壁さんに相談して丁度5年くらい前から自覚したと言う恭さんが見目ばかり大人な子供みたいで、可笑しくてつい笑ってしまった。 恭さんは相変わらず怪訝そうな顔をしていたけれど、機嫌が悪くなることはなかった。 「解ってる?僕は君をずっと僕のものにしたいって、思ってたんだよ」 「嘘・・・」 「ほんとだよ・・・ キスだってしたかった」 そう言って私の肩に顔を埋める恭さんの髪がくすぐったくて、思わず身を捩るとがっちりと肩を抱かれてしまった。 そして耳元で囁かれる(好きと言う言葉と共に) 「いつだって***に触れたくて、でも攫ってしまえば最後だから」 「キスするあと3センチを曖昧にした」 回された腕も、抱きしめられた肩も、触れられた唇も、全部全部 暖かくて、優しくて、甘い(少々手厳しいけれど) (私も恭さんが 大好き です) (ところで恭さん、なんで3センチなんですか?) (・・・僕がギリギリ理性を保てる距離だから、だよ) 【曖昧な3センチメートル】終わり。 雲雀恭弥二次創作夢小説企画一角獣ハートさまのへの参加作品とさせて頂きました。 お庭とか、舞台の捏造万歳になってしまいました・・・が、甘くなるように心がけました。 原作とかで笑わない人が優しく笑ってくれたら、きっと凄い破壊力に違いないです・・・! 管理人Pochi様、素敵な企画ありがとうございました! 090831 ← |