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dream
そして歯車は回りだす
なんて日だろう。
会えて嬉しかったのに。銀魂の世界に来れて、この上なく嬉しいのに。
まさか好きな人がバレてしまうなんて。
恥ずかしくて恥ずかしくて、どうしようもなくなってあの場から逃げてしまった。
肩で息をしながら、今更ながらに後悔する。
なんだかんだいってとても優しい人たちだということを、私はよく知っている。
だからこそ、もしかしたら、ちゃんと相談していれば協力してくれたかもしれない。
でもこんな別れ方をしてしまった以上、顔を合わすことなんてできない。きっと、後ろめたい気持ちが強すぎてまた逃げてしまう。
昔からそうだ。大して内気なわけでもないし暗い性格をしているわけでもないのに、人見知りなせいで相手に慣れるまでは怯えた態度を丸出しにする癖。
それがある限り、友達以外とは相容れないのだ。
言いたいことも素直に言えない。口では良いことを言っておきながら、心の内で毒づく。
さらに決定的なのが、好きなことになると異常なテンションで語り始めること。何度引かれたことか。
私が自分の気持ちを全面に押し出さなくなったのも、これが一種の要因である。
「仲良くなる、チャンスだったのに……」
また自分の手で、握りつぶしてしまった。
なんで、どうして、こうなるの。悔しい……。
焦燥感が全身を駆け巡り、一筋の涙が頬を伝う。

「優衣ー!」

どこだかわからない異世界の道の端っこで、ついにうずくまって泣き始めた私の鼓膜を、聞き慣れた少女の声が震わせた。
「神楽……ちゃ、ん……」
いつものあの傘を手にして、私のほうへと真っ直ぐ走ってくる神楽ちゃん。
気づけば私は、走り出していた。神楽ちゃんとは反対の方向へ。
「優衣!? なんで逃げるアルか!」
「わ、私のことは放っておいて……ください! 神楽ちゃんは総悟様のこと嫌いでしょう? だから私のこと、敵として見てるんでしょ……!」
我ながらなんて卑屈。シンデレラのお姉さんもびっくりだ。
けれど走るのがそう大して速くない私が、夜兎である神楽ちゃんを振り切れるはずもなく。
軽々と追いついた神楽ちゃんに腕を掴まれ、急停止せざるを得なくなる。
「優衣、大丈夫ネ。話を聞くアル」
「神楽ちゃん……」
潤んだ瞳で、少し背の高い神楽ちゃんを見上げるようにして見つめる私に微笑んで、神楽ちゃんは「とりあえずそこのお店入るアル」と近くの甘味処を指差した。



「団子2人分よろしくネ」
慣れた調子で店員に注文し、神楽ちゃんは隣に腰かける私に顔を向けた。
私は、思い詰めた顔でうつむく。
視線はじっと足元の地面を捉え、動かない。その瞳は憂いの色を見え隠れさせながら揺れていた。
「優衣は」
どきっ、とした。
「サド王子のことが好きアルか?」
「……」
かけられた優しい声に、私はきゅっ、と唇を噛んだ。
頬が熱を持ち、瞳はほかの感情も混ざってさらに揺れた。
そしてもう隠しきれるわけがない、と開き直り、頷く。
重力に沿って下へ流れる長い髪の毛。涙で濡れた頬に、横髪が貼り付いた。
頷いて少し顔を上げた私を見ていた神楽ちゃんが、横髪に気づいてぴっ、と払ってくれた。
「あ、ありがとう……」
お礼を言うと、なんてことないネ、と屈託なく笑った。
ああ、目の前に、愛らしい神楽ちゃんの顔がある。耳に届く声も、呼吸も、肌を撫でる風も、すべて本物。
私、銀魂の世界に来たんだなぁ……。
改めてそう感じ、目の回りがじわ、と熱くなった。
「また泣くアルか」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ることはないネ。そうかー、優衣はサド王子のことが好きアルかー」
ふぅ、と宙に溜め息を落としながら、そう呟く。
「……神楽ちゃんには最悪な敵にしか見えないかもしれないけど、私には、魅力的な人にしか見えないんです」
かぁぁ、と赤くなる頬の片方を手で覆う。
相変わらず神楽ちゃんは、視線を外すことなく私を見ている。物珍しそうな瞳に変わりはしたが。
「なんで、好きになったアルか。どこが好きアルか」
好奇を宿した視線が、妙に肌に突き刺さる。
今の私は完全に開き直っていて、自然と、口を滑るように言葉が出てきた。
……そりゃあ、恥ずかしくはあるけど。
「一目惚れ……」
「一目惚れ!? そんなのあり得ないネ!」
顔の辺りで拳を握り、驚愕と否定の声をあげる神楽ちゃん。
普通そう思いますよねー……。
「ほ、本当なんです! 初めて総悟様を見たとき、なにかがぽぽぽぽっ、て増える感じがして、顔が熱くなって、心臓が速くなって……恋、したんです。画面の向こうの、手の届かない存在への恋なんて不毛なだけだって、わかってました。……でも、そんな気持ちとは裏腹に、増え続ける恋心を止めることもできなくて……。こんなに誰かを好きになったこと、初めてなんです……! いくら同じ世界に来れたからといって、私なんかが総悟様と結ばれるわけがありません。遠巻きにでいい。間接的にでいい。総悟様を、感じていたいんです……!」
堰を切って雪崩のように流れてくる、もどかしいけど手離せない恋心。
吐き出したはずのそれはなぜか内にわだかまり、発熱し、煮えた感情の水面はぽこぽこと隆起し、私の全身を微かに痙攣させた。
語りながら、いつの間にか膝の上に置いていた手は握り拳に変わっていた。
ぷるぷると震える私の手に、神楽ちゃんの手が重ねられた。かと思うと、その手はすぐに持ち上げられる。
だーっ、と滝のように涙を流す神楽ちゃんと目が合った。
「……っ!? 神楽ちゃん!?」
思わず神楽ちゃんの手を握り返す。頭の片隅で、「想像以上に柔らかいし肌白いし手ちっちゃいし……!」と思ったのは秘密。
「優衣ぃ……優衣は健気ヨ……可愛いアル……!」
えぐえぐと子供のように泣く神楽ちゃんにあたふたとしかできない。……と、いうか、可愛いのは絶対私より神楽ちゃんだし……。
やや複雑な気持ちだが、素直に言えば、嬉しい。
「決めたアル! 相手がサド王子だとかマヨラーだとかゴリラだとか関係ないネ。私は優衣の味方をするアル! 全力で応援するアル」
嘘偽りのない真っ直ぐな瞳でそう宣言され、私は面食らって目を見開いた。
しばしぽかん、と口が開き、真っ白な頭のまま喉を震わせる。
「ほ……んとう、に……?」
全力で首肯する神楽ちゃん。ぴん、と張った涙腺が、再度緩み始める。
「団子2つ。お待たせしました」
ちょうどそのとき、さっきと同じ店員の女の人が、かんざしを揺らしながらやってきた。
椅子にお皿を置こうとしたところで、神楽ちゃんが私から手を離してそれを横から奪うようにして受け取った。
店員は営業スマイルを微かに崩しながら、それでも保とうと必死な表情で会釈をし、私も慌てて会釈を返した。
「ん、美味いアルよ。お金ないからこんだけだけど、許してヨ」
団子一本を既に口に入れ、もごもごとさせつつ私にもう一本を差し出す。
ありがとう、と小さく言いながら受け取り、現実世界でもよく見かける普通のみたらし団子であることを目認して、そっ、と咀嚼した。
普通の、どこまでも普通の、団子。その事実に、よくやく私は安心感を抱いた。事実としてまったく知らない世界で、「いつもの」ものを感じられるのは、今の私にとって救いだった。
そう、私は、不安だったのだ。
たとえよく知っている人、よく知っている場所だからといって、私自身がこの世界の異物であることに変わりはない。故に、自分を受け入れてくれないのではないかと、心の奥でずっと思っていたのだ。
でも、ようやく少し、境界を越えられた気がする。願わくば、もっと深くまで。
すっかり緩みきった涙腺のせいでぽろぽろと流れる涙を服の袖で拭っていると、視界に誰かの足が映り込んだ。
見覚えのある、硬そうな質感の黒いズボンの裾。それだけで、ある予感が頭を過ぎった。
真選組隊士。
そこまで確信したところで、神楽ちゃんが悲鳴にも似た叫びをあげた。
「うげーっ! サド王子! お前、なんでここにいるアルか!」
「それはこっちの台詞でィ。ここは俺のサボリ指定席なんでさァ。そこをどけ、チャイナ」
愛しい、愛しい、全世界、全宇宙、全次元を超えて最愛のーー
「……総悟様……っ」
私の心は、喜びでうち震えた。

そして、不格好な歯車は、軋みながら、耳をつんざくような音を立てて、回り始めたのだった。


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あきゅろす。
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