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dream
説明は意外に困難で
「俺たちは別に取って食ったりする気もねえし、気楽に話してくれや。言葉がちぐはぐでも、理解できるようにするしさ。無理強いはしねえよ」
どこか怠そうな雰囲気はあるものの、優しい声音で言う銀さん。
そのおかげで緊張しっぱなしで強張った体からは幾分か力が抜けた。
でも、どうも話をしようとすると言葉が出てこない。
まず何から話せばいいのかもわからない。
失礼なことに、私は銀さんの言葉に頷いてから「うーん」としか言えていなかった。
すると、不意に新八が立ち上がった。
思わずびくっ、としたが、こちらに向かってくるわけではないようだ。
銀さんの寝室であろう部屋の戸を開け、中へ入ったかと思うと、ものの数秒で出てきた。
けれどその手には、入るときにはなかった物が握られていた。
紺色の四角い鞄。
持ち手のところに白色のうさぎと黒色の猫のキーホルダーがついたそれは、どう見ても私が普段使っているスクール鞄だった。
「わ、私の……っ」
「やっぱり優衣さんのですか」
そう言いながら、ソファーに座り直す新八。
返してくれないのかな?と思ったけれど、ちゃんと返してくれた。
手渡しではまた私が怯えると思ったのか、テーブルに乗せて「どうぞ」と渡してくれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
おずおずと鞄を手にとり、縋るように抱き締めた。
そして気づいた。
この鞄の中に入っている“物”を使えば説明できるのではないか、と。
ほかにいい方法も思いつかなかったので、私はなんの躊躇いもなく鞄を開けた。
なんだか好奇の目で見られているが、気にしないようにした。
そして目当ての物を数冊取り出すとテーブルの上へ置く。あ、ついでに種類の違う物をもう一冊。
「これは何アル?」
一番に食いついたのは神楽ちゃんだった。
「銀魂っていうんです。ジャンプの漫画……中身、読んでいただいて結構ですので。読めば、どうして私が名前を知っているのかわかると思います」
よかった、ちょっと落ち着いてきたかも。
興味津々に本を見つめていた3人は、私が了承すると同時に近くにあった銀魂を読み始めた。
ちなみに、銀さんが1巻、神楽ちゃんが8巻、新八が6巻を読んでいる。
全部裏表紙を上にして置いたので、手に取る前は表紙の絵すらも見ていなくて内容などわかっていなかったのだろう。
開いた瞬間、全員の時が止まったようだった。
さすがに鈍感な私でもわかる。
登場人物、自分たちの生活、身近な人物による話の展開、その中心にいる自分たちの存在……。
いい気分がしないどころか、気味が悪いのではないか。
「読みながら、で結構ですので、私の話を聞いてくれますか?」
語る前にそう問うと、銀さんは片手を挙げて、新八はこちらを一瞥して少し頷いて、それぞれ了解のサインを送ってくれた。
神楽ちゃんは何もしてくれなかったので僅かな不安が心の底にわだかまったけれど、自分を奮い立たせて口を開く。
「わ……私は、この世界の人間ではありません」
まずこの言葉を聞いた3人の目は、見開いた。
まあ無理もない。こんな突飛な話、いきなり言われても現実味がないし、かといって嘘でもなさそうな雰囲気の私が証拠だし、困惑して当然のことだろう。
「でも私は、この世界のことをよく知っています。この場所は江戸の歌舞伎町。お登勢さん……本名は寺田綾乃さんでしたっけ、とにかくその人からスナックお登勢の上の2階を借り、『万事屋銀ちゃん』という名の何でも屋を経営していますよね。もとは銀さん1人だったけれど、新八……さんがバイト先で店長にいじめられているところを助けたり、悪い組織から逃げている神楽ちゃんを助けたりして出会い、この3人組ができたーーえっと、違いますか?」
「……すげーな。ババァの本名まで知ってやがんのか」
「合ってますね……」
銀さんと新八が、顔を見合わせて頬をひくつかせた。
ちく、と胸が痛む。
ああ、嫌な思いをさせてごめんなさい。
ていうか、神楽ちゃんがさっきから漫画に夢中……。私の話聞いてくれてるのかな。
「私の世界では、この世界が『銀魂』という物語として、漫画やアニメとなっているんです。あ……今読んでいただいたのがそうです。私、銀魂が大好きで、ずっと銀魂の世界に行けたらなぁ、って思ってたんです。たぶんその夢を神様が叶えてくれて、私は今、ここにいるんだと思います。ああ、本当に、夢みたい……」
うっとりと目を細める。
だって万事屋に関われたということは、きっと、後々真選組にも関わることができるから。
ぱたん、と閉じて、本をテーブルに置いた銀さんが眉を寄せて難しそうな顔でじっ、と見つめてきた。
あ、う、ときめいた。格好良い……。
「優衣。あのな、優衣が今してくれた話は、正直言って信じられねぇ」
「…………は、い」
はうっ、呼び捨て!
「でもな、嘘ではないと思えるんだわ。優衣の真剣な表情とか、なにもかも知ってそうな雰囲気とか、その格好とか」
格好を指摘され、思わず顔を下に向けて服を見ると、制服だったことに気がついた。
そういえば銀魂はZ組以外で制服なんてないか。
「それに、ここにはないモン持ってる優衣が、ここの住人とも思えねぇ。……ひとつ、聞いてもいいか?」
「はい、なんでもどうぞ」
もう、なにを聞かれても答える自信は身の内に宿っていた。
それは覚悟を決めたという証拠。
受け入れてくれても、受け入れてくれなくても、それが私のここでの結果。やり直しは不可能。
ならば、できる限りのことをするまで。
「俺は、俺たちは、お前を信じてもいいのか?」
「……!」
どういう、こと。
お人好しなのか、馬鹿なのか、とことん優しいのか。
なぜ、信頼の決定権を相手に委ねてしまうの?
焦りと歓喜と感動がないまぜにされた心が、疑問符でかき回される。
じわ、と目頭が熱くなった。
次の瞬間には、涙が頬を伝っていた。
ずるい、と思う。そんな試されるようなこと、どうしようもなくずるい。
嘘を言っていたら、嘘を突き通すことが難しいことを予想して「だめです」と否定してしまうだろう。
しかし私が言っていることは紛れもない事実。選択肢はーー
「……もちろんです……!」
肯定しか、許されない。

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あきゅろす。
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