版権-中編
世界はこんなに綺麗じゃない(霧人→男主→響也)

「…抱いてよ」


響也のような声がした。
けれどそれは紛れもなく、霧人で、俺が望むものではない。もし、今俺が霧人と関係を持ったとして、


いったい誰が傷付かないというのだろうか。


「…どうする?」

「コーヒー飲んでさっさと帰ってください」

そのうざったい匂いだけは今でもなれない。脳が少しずつ麻痺して、痛む。頭を抱え、俺はこめかみに手を当てた。
……響也、君に好きだとは言えない。

「それはつれないなぁ」

布が擦れる音がして、重心が崩れた。コーヒーの香りが一層強くなる。

「…離れてくれ」

首に腕が巻かれて、霧人に抱きつかれた。もう、体が動けない。響也、ごめん。

「なんで拒絶しないのかな?」

「……拒絶されるのが怖いんだろ」

えぇ、と耳元で霧人がうなずいた。俺は頭を撫でて体を離した。

「…すみませんでした」

「気にしなくていいっすよ、らしくないじゃないっすか」

「…では私はこれで失礼します」

そういって霧人は行ってしまった。部屋にはコーヒーの香りだけが残された。

───…

いつも通りの重役出勤で、付き合いを避けて一人早々と帰宅した。部屋はまだコーヒーの匂いが残っているように、空気は淀み漂っていた。窓を開ければ、生ぬるい空気が流れ込み、気分がいっそう不快になった。

(…霧人さんのことは嫌いじゃないけど、)

「違うんだよなぁ、やっぱり」

テーブルには、片付け忘れた二つのマグカップが残っていた。黒い液体を飲み込んだら、自分の醜い液体がさっきより強くなった気がした。


『世界はこんなに綺麗じゃない』
(忘れていた自分の醜さが露呈した瞬間だった)

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