小説
小さな足音 7
小さな足音 7
「情操教育って…それって生まれた子にするやつなんじゃ…ちょっと…いや、かなり気が早いよ…やっぱお前の父ちゃんテンパってるよ…親バカ全開だよ…」
「……知春。大事な事だぞ。」
ムッとした顔の洸輔が開き直った様に言葉を重ねた。
「はいはい、お前の父ちゃん開き直っちまった。」
「明日からはクラシック音楽も流そう。それからあとはリラックス出来るアロマと読み聞かせの絵本…いや早めに参考書の方がいいか…」
「ちょ、ちょっと洸輔!!ストップ!!!ストップー!!!」
何やら暴走し始めた洸輔に知春は慌てて待ったをかける。
上半身を起こし真剣にぶつぶつ云う洸輔の口を押さえた。
「ちょ、洸輔!!暴走し過ぎだってば!!第一俺クラシックとか分かんないしアロマって臭いの苦手だし参考書とかやだよー」
焦る知春に堪えられなくなったのかニヤニヤと洸輔は笑い始めた。
「−−っつ!!洸輔!!騙したな!!」
その顔を見た途端知春の顔が真っ赤に染まった。
バフッと布団に突っ伏した知春は、はーっ…と大きな溜息を吐き出した。
洸輔はニヤニヤ笑いながら知春の後頭部を撫でた。
「今は好きな音楽を聞いたり好きな本を読んだり母親がリラックス出来るものなら何でもいいんだ。だから知春が穏やかに日々を過ごす事が母子共に健やかな成長が出来るんだ。」
「うん、ごめん。洸輔だけじゃなくて俺もテンパってる…」
「それは当然だろう。今から親になろうとしているんだからな。だがすぐになれるものでもない。一緒に成長していくんだ。この子と一緒にな…」
「うん、そうだよね…だって今日から親になれって云われたって不安で仕方ないもん。この子と洸輔と一緒に頑張ってく!!俺だってお前の母ちゃんになるために頑張るぞ!!」
「その為には十分な睡眠も必要だから、もう寝るぞ。」
両腕で知春を抱え込み旋毛にキスをすると素直に目を閉じた。
お互いに幸せをかみ締め「お休みなさい。」と眠りに着いた。
「うえー、きぼぢわるいー」
それから知春の悪阻生活が始まった。
殆どの食品の匂いに反応し起こる嘔気に知春は心身共に弱っていた。
少しふっくらしてきたお腹を圧迫しないようにゆったりとした服装をしてソファに突っ伏しぐったりしている。
「いづまでづづぐんだー…」
悪阻で食事が満足に摂れず体力の消耗も早い。
そして何故か果物の葡萄と林檎だけは無性に身体が欲しているのか不思議と嘔気も起こらずパクパクと食べれていた。
「知春、ほら林檎だ。無理せず食べるんだぞ。」
洸輔が台所から自ら皮を剥いた林檎を皿に盛りテーブルの上に置いた。
皮を剥かれた林檎はひとつひとつ丁寧に兎林檎になっていたのが知春に小さな笑いを呼び起こす。
「うぅー、洸輔にばっかり家事任せてごめん…」
悪阻によって動く事が出来ず働いている洸輔に何もかも任せてしまっている事に罪悪感が込み上げる。
「気にするな。あと少ししたら悪阻もましになるからそれまでの辛抱だ。ほら、林檎食べれるだろ。今回の兎っぷりは自信作だ、遠慮せずに食ってやれ。」
得意げに兎林檎をひとつ手に取ると知春の口元に寄せ「あーん。」と云う。
知春は一瞬照れたのかさっと頬を赤らめるも素直に口を寄せシャクリと兎林檎をほうばるとシャクシャクと咀嚼し飲み込むともう一個と云うようにあーんと口を開けた。
その仕種にクスリと笑うともうひとつ兎林檎を手に取ると、雛鳥に餌を与えてるみたいな気分だな…と心の中で呟いた。
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