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小説
穏やかな日常 3-2







穏やかな日常 3-2





そして今日、鏡に映った自分を見て何が起こったのか頭の整理が出来ぬまま無意識にイッセイの名を呼んでいた。

イッセイの姿を確認すると同時に喜びが全身を支配した。

「お、俺…俺、変わった…イッセイの子供出来た!!!!」

そっとまだ膨らみのない腹に手を当てる。

その上からイッセイの大きな手が重なり優しく触れると。


「ユエン、ありがとう。頑張ったな。よく頑張った。」

ユエンの自分と同じ色をした瞳を愛しげに覗き込み、色付いた頬に口づけ細かく震える唇にも何度も唇を重ねた。

イッセイは知っていた。

ユエンは普段通り振る舞っていたが、子が出来ないことに恐怖すら抱き不安に押し潰されそうになっていたことを。

ユエンも頭では二人の間に子供を授かる事が容易ではないというのは分かっていた。

分かっていても抑え切れない心が無意識に悲鳴を上げていたのだろう。

仕事から帰った時に時折うっすらと瞼が腫れていたり、子供の声に顔を強張らせていた事もあった。

気丈に振る舞うユエンに何故自分を頼らないのか落ち込むこともあったが男であるユエンには吐き出しづらい事なのだと気付き見守る事にしたのだ。



「男の子かなぁ、女の子かなぁ、うー!!よかった!!楽しみだなぁ。イッセイはどっちだと思う?」

今にも跳びはねそうなユエンにイッセイは苦笑を浮かべ落ち着くようにポンポンと背中を叩いた。

「ユエン落ち着いて。嬉しいのは分かるがそんなに興奮すると腹の子が驚愕するぞ。それにユエンと私の子だ。どちらでも元気な子には間違いあるまい。」

ユエンはその言葉に慌ててイッセイに抱き着つくと間をあけず膝を掬い上げられ抱き上げられた。

イッセイは首にユエンの手が回された事を確認しゆっくりとした歩みで寝室に運びベットに座った。

暫く二人は言葉を発することはなく優しい沈黙の時を共有した。



イッセイが優しい手つきでユエンのお腹を撫でている。

何度も何度も…

お腹の小さな命に語りかけるかの様に…

ユエンはその手に泣きそうになるがぐっと堪えた。

随分とイッセイに我が儘をやらかした…ゆっくりでいいと云ってくれたのに…

始めのうちはそんなに考え込むことなくいつか出来るだろう…と安易に考えていた。

子供が出来にくい事も聞いていたし男の自分が子供を授かるという事に対して不安もあった。

だが元々家族団欒とは縁がなく過ごしてきた彼等にとって家族が増える喜びを望んだとしても不思議ではない。

特にユエンは両親は居ても子供を顧みることなく父親は家庭放棄の上、仕事にしか興味なく、母親もそんな父親に縋り付くような人でユエンが16歳の時に亡くなった。

また、兄弟も皆、年が離れており互いに関心がなく家に居ても独りぼっちだったユエンは家族というものに強い思いを抱いていた。

その強い思いが仇になったのか段々と子供を望む気持ちが増していき雁字搦めになってしまったのだ。

ユエンは子供が授かった事、イッセイが辛抱強く見守ってくれた事、全てに感謝してもしきれない程の喜びをかみ締めた。

ぐっと堪えたはずの涙が知らずユエンの頬を伝っていた。

今までの様々な気持ちが込み上げユエンは口を開けるも言葉はなく吐息が零れるだけ…

それでもイッセイに伝えたくて懸命に言葉を探すが見つからず唇をかみ締めた。

イッセイは必死に何か伝えようとするユエンに今は自分と同じ色になった瞳を見つめる。

ゆっくりでいい、と云う様に双眸を緩めると、かみ締める唇を啄む。

やがてゆっくりとユエンの口から吐息と共に言葉が溢れた。

「イッセイ…支えてくれてありがとう…これからは俺もイッセイとこの子をちゃんと支えれるように強くなる。だから…だからこれからもこの子共々よろしく…お願いします…」

「ユエン…」

照れたのかユエンは頬をポリポリ人差し指で擦ったあとイッセイに抱き着いた。

「ユエン…こちらこそ礼を云わせてくれ。ありがとう…私に家族が増える喜びを教えてくれて…そしてこれからは三人で生きて行こう。」

「うん、うん、三人で…家族皆で生きて行こう…」

抱き着いたイッセイの背中が震えている。

ユエンはイッセイの耳元に唇を寄せて。

「よろしく…お父さん。」

囁くと珍しくイッセイの耳が真っ赤に染まっていた…



Fin



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