小説
穏やかな日常 3-1
穏やかな日常 3-1
それはいつもと変わらない朝だった…ハズ…
「−−…っ!!!イ、イ、イッセーイッ!!!!!」
清々しい晴れたある朝に洗面所よりユエンの叫びが響いた。
イッセイは洗面所から遠く離れた寝室で深い眠りに着いていたがユエンの悲鳴に似た様な声に素早く起き上がり声のした方へ駆け付けた。
「ユエン!!!!どう…し…た…」
鏡越しにユエンと視線が合ったイッセイはその姿に瞠目した。
「イッセイ…イッセイ…イッセイ!!!!!」
ユエンはイッセイの姿を確認すると振り返りイッセイという言葉しか知らないようにイッセイの名を繰り返し、固まっているイッセイに飛び付き首に手を回し抱き着いた。
イッセイは抱き着いたユエンを反射的に抱きしめ興奮覚めやらぬユエンのいつもとは違う色をしているが手触りは変わらない髪の毛を優しく撫でた。
ユエンの髪の毛はよく黒髪に見間違がわれるが艶やかな濃紺の髪の毛をしている。
その髪の毛が今はイッセイと同じ目映いシルバーグレイになっていた。
イッセイは抱き着くユエンの頬を優しく両手で掬い上げ興奮しているユエンを宥めるかの様に顔中にキスを繰り返した。
最後に伏せていた両瞼に唇を寄せ軽く口づける。
「ユエン…」
囁くように名を呼ぶとピクッと瞼が震えゆっくりと双眸が開いていく。
身長差があるため自然上目遣いになるユエンと視線が絡みその双眸が穏やかに柔らかく緩む。
イッセイは暫くその瞳を眺めると満足げな溜息が漏れる。
「ユエン、綺麗だ…ありがとう、ありがとうユエン。」
視線は逸れることなく優しくユエンの髪の毛や顔に触れる。
穏やかに微笑むユエンの瞳は髪の毛同様イッセイと同じ深い碧に変わっていた。
つまり獣人であるイッセイの髪の色と瞳の色に変わったユエンはイッセイの子を身篭ったのである。
イッセイと番になり長い月日が経ったが、漸く…ユエンは念願のイッセイの子を身篭ることが出来たのだ。
元々獣人と人間の間には子供は授かりにくい。
ましてイッセイとユエンは男同士。授かる可能性は更に低い。
男の獣人同士と獣人と人間の男同士の場合は受精器官がないためそれを作る所から始まる。
それはヤクトの実という桃の果実に似た別名受胎の実を食べる事により受胎が可能になる。
ヤクトの実を食べる事により卵核→卵膜→卵室という過程を経て子が成されるのだ。
しかし、卵核が出来て受精可能になっても7割が卵膜が出来る前に受精できなかった卵核が剥がれ落ちてしまう。
そして無事に卵室が出来て妊娠した目安に卵室が出来た方の髪と瞳の色が子供を産むまで父親似になっていく。
幾度も卵核が剥がれ落ちていくさまを体感してきたユエンはいつも何とも言い難い感情に支配されていた。
不安と焦りと罪悪感。
出来るだけ感情的にならない様に気を付けてきた。
一度だけ耐え切れずイッセイにぶつけてしまった事があるが暖かく包み込まれた。
その時は落ち着きを取り戻す事が出来た。
だがふとした時に猛烈に不安が込み上げる。
頭では理解出来るのだが感情が追い付かず何度もイッセイの隣には自分ではなく女性の方がよかったのでは、自分には子を成すことが出来ないのではないかと不安に押し潰されそうになった。
何度もイッセイが居ない時耐え切れず涙が零れた。
男である自分にこんな感情がある事に驚愕し女々しいとも感じたがイッセイの子が欲しいと強く思った。
周りの家庭に子供が出来るとその思いは強くなる一方だった…
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