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a la carte
雨の日4



「だからね、」
 これ以上練習の邪魔をするわけにはいかないので、あたしは後ずさりながら口にする。
「長いこと本を借りてる生徒の一覧表に藤真の名前があったのね。図書委員のあたしとしては困るから来たんだけど、なんか込み入ったカンジだから…えっと、」
 そこでひと呼吸する。
「先生には、藤真に悪気はないんだって、盗るつもりはなかったんだって、ちゃんと伝えておくから!」
「はぁ〜!?」
 あたしは藤真と花形に手を振り、踵を返した。
「おいっ、俺は――…! ちょっと待てーっ!」
 後ろで藤真が何か叫んでいるけど、すでに駆け出しているあたしには届かない。

 体育館を出ると、少しだけ涼しく感じた。
 じめっとしてても、やっぱり体育館よりはマシだもんね。
と、校舎へ向かおうとして足を踏み出した途端、右腕がぐいっと後ろへ引かれた。
 引かれるがまま振り返れば、藤真が立っている。
「…藤真? どうしたの?」
「――誤解されたくねーから言っとく」
「うん」
 何だろう?
「藤真がたんに返却を忘れてたっていうのは分かったよ? ちゃんと伝えておくし。誰だって警察は嫌だしね、内々ですむならそれにこしたことはないよ、うん」
 そう言ったのに、藤真はあからさまに顔をを歪めて長く息をはいた。
 な、何だろう。すごく呆れられてるって感じなんだけど。
「いいか、よく聞けよ。俺は最初から返すつもりはなかっ…じゃなくて。忘れそうだったから花形に返させるつもりだったんだ」
「ああ! そっか、それで…。なんだ。ただのど忘れか」
 自分ではなく花形に、というところがいかにもいつもの藤真らしくて、わたしは納得した。「おまえ、さっきといい何気に失礼だぞ。そんなに俺を前科者にしたいのか?」
「え? いや?」
 身長が高くないわたしには、ずっと藤真と顔を見ながら話をするのがきつくて、首をさすりながら考える。
「…ごめん?」
「―何で疑問系なんだよ」
「えーと、あんまり考えてない発言だったかな、と。いくら藤真だからって傷つくよね…」
 普段バカ話ばっかりしてるから、そのまんまのノリでいっちゃうトコだった。
 藤真が苦笑する。
「まーな」
「本気で藤真が本を盗るとか、思ってないよ? ただ…」
「ただ?」
 わたしは視線を下げる。
「藤真、いつも話してる時、笑ってるから、…ある程度は冗談だって、笑ってすますと――思ってた、のかも」
 う、わ…。
 口に出してみれば、わたしってば相当考えなしだ…。
 藤真にならなにを言っても構わないって? 傷つかないって? そんなはずないのに。知らないうちに傲慢になってた。
 もしかしたら、他にも気付かないうちに藤真を傷つけてしまっていたかもしれない。
「……暁?」
 身を屈めてきた藤真が優しく名前を呼んできて、じんわりと涙が溢れてきた。




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あきゅろす。
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