短編小説
2
唯一理解できるのは、今は昼間であり、ここは共用部分の廊下だということだ。右側に視線を向ければ、ドアが等間隔に並んでいる。そのうちの一つがいつ開いてもおかしくない。
「馬鹿なことをほざいてないで、離れんかクソガキ!」
腰を振って払おうとするが、翔一の腕はガッシリと尻に回されていて離れるどころかますます顔を押し付けてくる。
「本当に放して欲しいんなら、ちゃんと抵抗したら?」
「てめぇ…この状況を見て、本気で言ってやがるのか?」
こめかみに青筋をたてて、藤堂は翔一を見下ろした。
普通に並んで立てば、ひょろりとした翔一の方が藤堂より背が高い。体重は、せいぜい藤堂の半分くらいしかないだろうが。
それなのに、今は藤堂が見下ろしている。
それは藤堂が脚立に乗っているからだ。
―――廊下の電灯、換えて欲しいんだけど…
そう言って翔一が管理室のドアを叩いたのは、つい先程のこと。
ちょうど昼食の弁当を食べようとしていたところだったが、藤堂は躊躇なく立ち上がった。
こういった共用部分の細かな修繕は、管理人たる藤堂の役目。もちろん他にも山ほど仕事があるから、迂闊に後回しになんてしたら、忘れてしまう恐れがある。
それに、翔一に対して好意を抱いているという理由もある。
好意は言いすぎか。
藤堂がここの管理人としてやってきたばかりの頃、近所の悪ガキに絡まれていた翔一を助けたことがある。
前職は腕利きの警備員だった藤堂にとって翔一の救出など大した仕事ではなかったのだが、それ以来翔一はすっかり藤堂に懐いてしまった。
藤堂自身も、いつも薄ボンヤリしている翔一が危なっかしく見えて、いつの間にかその姿を目で追うようになっていた。
いつの間にか、歳の離れた弟のみたいに思うようになっていたのだ。およそ二十歳も離れた弟…ということになってしまうが。
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