短編小説
5
カルナは呟き、そして鎧戸を閉めた。
だから彼は気づかなかった。
夜警の目を盗むように、音もなく夜道を歩くブラッドがいたことを。
* * * *
背中が焼けるように熱い。
封印が燃えている。
その痛みに思わず身じろいで、カルナは気がついた。自分が屋敷の廊下に立っていることに。
おかしい。つい先程まで、フラットの狭いベッドに寝ていたはずだ。
カルナは陰鬱に息を吐いた。原因は嫌でも予想がつく。これは夢なのだ。
廊下は青みを帯びた薄闇に包まれている。目の前には主寝室の扉がある。
不気味なほどの静寂。自分の鼓動だけが耳に届く。
カルナは一歩、足を踏み出した。自ら進んで動き出したわけではない。行きたくないのに、寝室の入り口に向かって足が自然に動いてしまう。まるで吸い寄せられているように。
実際、吸い寄せられているのだろう。
苦い思いを噛み締めながら、カルナは寝室へと入った。豪奢な造りなのにどこか空虚で殺風景という見慣れた室内は、この夢が過去のそれではないことを意味している。
窓辺に置かれた大きな椅子に、銀髪の魔物がゆったりと腰掛けていた。その姿は優雅で威圧感に満ち、この場の支配者であると雄弁に物語っている。
目を閉じたまま薄い笑みを浮かべ、シオンは背もたれにもたれかかっている。肘掛に肘を置き、手を軽く身体の前で組んでいる。悠然とくつろいでいるといっていいだろう。
そんな上半身に反して、下半身は異様だ。
長く逞しい脚全体に、太い鎖が幾重にも絡みついている。
ふと、カルナは不審に思った。禍々しく黒光りした鎖は確かに頑丈そうではあるが、この魔物を完全に拘束させるほどの強度はなさそうだ。それなのにシオンの下半身は椅子に縛り付けられていて全く動けないように見える。
見えない糸に手繰り寄せられるように近づきながら、カルナは眉根を寄せた。
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